極低温固体水素中に捕捉された水素原子は量子力学的トンネリングにより拡散することが20年近く前から知られている。しかしながらその拡散機構をめぐっては、水素原子が近接する水素分子との場所を入れ替えることによって拡散するとする物理拡散モデルと、トンネル反応H+H_2→H_2+Hにより拡散するとする化学拡散モデルとが並立したまま決着が付かず、実りのない議論のみが繰り広げられていた。 報告者は前年度開発した高圧試料作成装置に、紫外線照射装置、極低温用クライオスタット、及び電子スピン共鳴(ESR)分光計を組み合わせることにより、固体水素中に捕捉された水素原子の拡散速度に対する圧力依存性を調べた。熱励起により水素原子が拡散する5K以上の領域では拡散定数が圧力とともに大きく減少する一方で、トンネリングにより拡散する4K以下では圧力に全く依存しないことが見出された。この実験事実から固体水素中における水素原子のトンネル拡散が、圧力に強く依存する物理拡散ではなく、圧依存性を示さない化学拡散であることが立証された。 固体水素中における水素原子のトンネル拡散は、1cm^<-1>にも満たない固体中のわずかな周期場の乱れによって拡散速度が大きく低下するなど、固体場と強くカップリングした現象であることが報告者の以前の研究から見出されている。今回の研究結果はこれら従来報告されていた現象の全てが物理拡散ではなく化学反応に起因することを示すものである。これまで拡散機構の決まらぬまま実験結果のみ多数報告されていた固体水素中における水素原子の解釈が、今回の結果を機に一気に進むものと期待される。
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