前年度までの研究によって、ニンジン表皮細胞からの直接不定胚形成過程において、クロマチンリモデリング因子をコードするSWICA1遺伝子が、表皮細胞の脱分化から胚形成能の獲得段階に働く可能性が示されてきた。また、DNAメチル化が胚形成能の獲得過程に関わることも明らかになってきた。そして、これらクロマチンの修飾は、植物ホルモンであるジベレリンの制御のもとに働いていることを明らかにしてきた。これらのことから、私はジベレリンの作用によってクロマチン構造の再編が引き起こされることが、植物細胞の脱分化および再分化に重要なのではないかと仮定した。本年度はこの仮説をさらに確かめるために、胚形成能力の異なるニンジン品種の比較研究を行った。まず、胚形成が起こりやすい紅芯五寸、および胚形成が起こりにくい札幌太のニンジン品種を用い、植物ホルモンに対する応答、生合成の違い、胚形成関連遺伝子発現の品種間差を調べた。胚化誘導処理に用いられるオーキシンに対しては、その応答に違いは見られなかったが、胚化に伴うクロマチン関連遺伝子の制御を行うジベレリンに対しては、その応答に大きな違いが観察された。また、胚形成が起こりやすい紅芯五寸では、活性型ジベレリン合成酵素遺伝子DcGA3oxが札幌太と比べて著しく高く発現することがわかった。胚形成時に発現するLEC1ホモログやホメオボックス遺伝子CHBsも、紅芯五寸でより高く発現していた。一方、ディファレンシャルディスプレー法によって、その発現に品種差がある遺伝子を単離し、解析を行ったところ、胚形成が起こりにくい札幌太では、ジーンサイレンシングに関わるRNaseIIIをコードするDicerのホモログ(DcDCL1)が高く発現していることが明らかになった。これらのことから、活性型ジベレリン量の調節やDcDCL1によるジーンサイレンシングを介した遺伝子発現調節が体細胞の胚化に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。
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