昆虫の触角(アンテナ)は周囲の物理化学的環境を探るためのセンサとして機能するが、その最大の特徴はアンテナ自らが動くことにある.自発的アンテナ運動は環境情報を効率的に収集するのに役立つと言われているが、アンテナからの感覚情報とその運動情報が中枢においていかに相互作用しているかはほとんど不明である.本研究はゴキブリを材料として、この神経過程を細胞レベルで解明することを目的とする.以下に本年度の研究成果について示す. 1.アンテナ運動と神経活性物質:左右アンテナ間における水平・垂直運動の協調の程度(相関係数)が動物の行動様式と対応して変化することを昨年度見出した.今年度はこのようなアンテナ運動の変化を引き起こす神経活性物質の検索を行った.トレッドミルによる自由歩行条件下で、アミン類、アセチルコリン関連物質、神経ペプチド類などの神経活性物質を頭部内へ微量注入したが、アンテナ運動の明確な変化は見られなかった.しかし拘束標本においてアンテナ運動筋活動を記録しながらムスカリン性アゴニストを脳へ灌流投与した結果、顕著な筋活動が惹起された.左右アンテナ運動筋の間でバースト活動の相関係数を調べたところ、行動実験で観察された結果と同様に、投与期間中の様々なステージにおいてそれらが有意に変化していた. 2.アンテナ運動と動物のモチベーション:ゴキブリは生来の接触走性により、アンテナ先端に物体が提示されると、それへ接近しようとする行動を持続的に示す.しかしこの触覚性定位の程度はたとえ同一個体であっても試行によって異なり、動物のモチベーションに依存するものと推測される.刺激提示前の行動と定位の程度の関係について調べたところ、左右アンテナ間の垂直運動の相関係数と一定時間内での刺激物体へのターン角度との間に有意な正の相関が見られた.これは動物のモチベーションの程度がアンテナ運動から予測可能であることを示す.
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