リン脂質は生体において脂質2重構造を形成し、生体膜を構成する主要成分である。そして生体膜内においては複雑なリン脂質シグナリング(シグナル伝達)を支える重要な因子として働いている。また一方、天然には微量であるが生体に様々な作用を示すリン脂質が多く発見され、人体において特定の臓器や部位を特異的に認識し、機能を示す事も明らかとされてきている。リン脂質は試験管内にて人工細胞に似た小胞(リポソーム)を構築することが出来る。リポソームは生体内で生細胞と融合することが可能であり、細胞と同じ成分より構築されているため免疫系を活性化させない利点を有している。この性質を利用して、リポソームを運搬体とした人体への遺伝子導入技術の開発が行われている。しかし、現行リポソームを用いた遺伝子導入技術は、遺伝子導入を行いたい特定臓器の認識機能を有していない。この原因は、分子認識を行うリン脂質を合成することが非常に困難であり、化学触媒・酵素のどちらを用いても現在までその有用な作成法が確立されていないことにある。 現在までにリン脂質の特性を変換する酵素(ホスホリパーゼD : PLD)を微生物より2種同定し、その遺伝子配列の同定、反応特性解析を行ってきた。そしてこのPLD酵素を発現させるために、大腸菌と放線菌系での発現系を構築してきた。更に、種々のアミノ酸残基に変異を導入した変異型PLDを用いた解析より、野生型と比較して約10倍の高い活性を有している機能的な酵素の創成に成功している。この変異体PLDは野生型と比較して高活性を示す以外に、基質特異性の変化も確認され、新しいリン脂質の合成に際して、効果的な触媒として作用する事が期待される。以上の研究背景より、本研究では認識分子を持ったリン脂質(リポソーム表面に局在)を、PLDを用いて効率的に合成できる酵素反応プロセスを構築し、更に合成した機能性リン脂質の機能評価を行う事を目的とする。そして、今後需要が見込まれる遺伝子治療・再生医工学分野への応用を考え、生体において部位特異的な認識を行う機能性リポソーム(遺伝子導入用リポソーム)の合成プロセス確立と生細胞を用いた細胞認識の評価についても行う。 本年度はPLDの変異体作成に関して積極的な研究を発展させた。特に、様々な変異を有する変異体ライブラリーの作成に成功し、次年度のリン脂質合成への応用に向けた、準備段階をほぼ終了させることが出来た。この結果を用いて、次年度、様々なリン脂質合成を目指す。
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