マウス繊維芽細胞balb/c 3T3(3T3)株は接着系の培養細胞で、コンフルエントまで増殖すると、増殖を停止する。一方、本細胞株をSV40ウィルスで形質転換した3T3SV株はマウスの皮膚へ移植すると腫瘍を形成する悪性細胞である。本3T3SV株は細胞間の接着が弱く、コンフルエントに達しても増殖を続ける。加えて、3T3SV株の膜画分においては他細胞の認識に深く関わっている細胞表層の糖鎖の前駆体である糖ヌクレオチドを分解するUDP-sugar hydrolase(USH)が異常亢進している。本研究ではUSHの異常亢進が細胞表層の糖鎖および細胞の増殖に与える影響を明らかにしようとしている。まず、USHの異常亢進が3T3株の増殖に与える影響について調べた。大腸菌K-12株より抽出したゲノムDNAよりPCR法によりUSHのORFを増幅し、ドキシサイクリン(DOX)制御下でUSH発現調節可能なプラスミドを作製した。次いで、これにより形質導入を行い、3ヶ月間培養を続け、安定化したクローンを得た後、薬剤耐性を指標として本発現系を有する株を約200株選択した。コンフルエントまで増殖したこれらの株をDOXで処理したところ、膜画分にUSHの異常亢進が見られる株が数株取得できた。さらに、USHの異常亢進が認められた株についてその増殖特性を調べた。DOXの有無で3日間培養したところ、意外なことに、それら株の増殖はDOXの添加によりやや抑えられていることがわかった。また、それら株の細胞表面の糖鎖をマンノースおよびグルコースを認識するレクチン、コンカナバリンA(Con A)によって標識したところ、DOXの有無によるCon Aとの結合に有意の差は認められなかった。DOXの添加による増殖阻害は細胞表面の糖鎖構造に依存するものではなく、USHの異常亢進による糖ヌクレオチドプールの消失に依存するものかもしれない。
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