翻訳開始促進作用を有することが明らかにされたロイシン、トリプトファンに注目して、アミノ酸の翻訳開始促進シグナルの伝達経路の検索を行った。インスリンがタンパク質合成を促進する作用を有することは古くから知られており、PI3キナーゼ、PKB、mTORを介して翻訳の開始に重要な役割を果たしている分子であるS6K1や開始因子4E結合タンパク質1(4E-BP1)の活性を調節することで翻訳開始段階を活性化する。そこで、インスリンのシグナル伝達に関わる因子の活性がロイシン、トリプトファンにより調節されるのか否かを調べることからアミノ酸の翻訳開始促進シグナルの伝達経路の検索に着手した。PKB、mTORなどの活性はリン酸化で調節されていることから、これらの因子のリン酸化体のみを認識する抗体を用いたイムノブロット法によりリン酸化状態を評価して活性の指標とした。また、4E-BP1やS6K1と同様にmTORの下流に存在し、翻訳段階のペプチド鎖伸長ステップの調節において重要な役割をしている伸長因子2(eEF2)のリン酸化状態(eEF2もリン酸化により活性が調節されている)についても調べ、アミノ酸シグナルの翻訳開始因子以外の到達点を探った。その結果、ロイシンは骨格筋においてはPKBを介さずにmTORを活性化して翻訳開始段階を活性化し、肝臓においてはPKBは介するがmTORを介さずに翻訳開始段階を活性化することが示された。一方、トリプトファンは骨格筋の翻訳開始活性に全く影響を及ぼさず、PKB、mTORの活性にも影響しなかった。肝臓においては、PKBを介さずにmTORを活性化して翻訳開始段階を活性化することが示された。また、肝臓と骨格筋のどちらの組織においても、ロイシン、トリプトファンによってeEF2のリン酸化状態が変化しなかったことから、両アミノ酸はeEF2が介するペプチド鎖伸長ステップに影響を及ぼさないことが示された。
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