研究概要 |
電子顕微鏡の開発とともに内耳の超微形態が明らかとなった.特に血管条の上皮細胞である辺縁細胞についてはその細胞質の電子密度の高さから,今日に至るまで別称'暗細胞'と呼ばれている.申請者は予備実験により,辺縁細胞のこの特徴が,高い代謝活性を示す脳神経細胞や心筋細胞の虚血による細胞障害(アポトーシスあるいはネクローシス)の様相と極めて類似していることを突き止めた.この特徴が固定操作にともなう虚血により誘起されるアーチファクトだとすれば,組織が固定液に接触するまでに起こる循環障害を取り除くことにより,この暗細胞化が阻止されるはずである. そこで本年度は,循環障害なしに内耳組織に適用できる新しい固定手技を開発し,細胞質およびミトコンドリアの電子密度・体積の変化を形態計測法により検証した.その結果,新たに開発した固定法により,辺縁細胞の暗細胞化が抑制された.反対に虚血処理を積極的に加えた標本では,従来どおり暗細胞化がおこり,さらにミトコンドリアの膨化も誘発されていることがわかった.以上の実験結果は,極めて短時間(3分以内)の虚血処理が内耳血管条辺縁細胞に劇的な細胞内変化を引き起こすことを示している.従って,内耳機能は極めて虚血に脆弱であると考えられた. 次年度では,暗細胞化に関わる細胞レベルのメカニズムに焦点をしぼり,不可逆的な細胞変性をきたすまでの虚血処理時間の推定,虚血により誘導される辺縁細胞の細胞内変性がミトコンドリアを介するアポトーシス様変化であるのかあるいはネクローシス様変化であるのかを単離細胞を用いて調べる,さらに細胞体積変化に関係するイオンチャネルを同定しこの現象にかかわるイオン輸送機構を明らかにする必要がある.
|