スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)は細胞の遊走、細胞骨格制御、形態変化、増殖など多彩な生理活性を示す脂質メディエーターである。S1Pの作用の多くは細胞膜表面に存在する特異的受容体を介すると考えられて来たが、私達は他のグループとともに、S1Pに対する三量体G蛋白質共役型受容体Edg1、Edg3、Edg5を同定した。私達は、Edg1、Edg3がともに細胞の遊走と細胞運動の分子スイッチと考えられる低分子量G蛋白質Racの両者の活性化を引き起こすのに対し、Edg5はこれとは逆に細胞遊走およびRacを抑制し、S1PがRac活性の二方向性制御を介して細胞運動を両方向性に制御することを明らかにした。現時点では、細胞遊走の制御作用、特に細胞遊走の抑制がどのような情報伝達経路を介してRacの抑制をひき起こすのかは不明である。本研究では、S1P受容体のなかでもEdg5のみが特異的に有する細胞遊走および低分子量G蛋白質Racの抑制作用が、どのような細胞内情報伝達経路を介して起こるのか明らかにしてきた。 三量体G蛋白Gαサブユニットに直接結合してこれを活性化することが知られているAlF_4^-を用いて検討した結果、AlF_4^-はEdg5発現細胞において単独で細胞内Ca^<2+>濃度の上昇、ERKの活性化をひき起こしたのみならず、IGF-IによるRac活性化及び化学遊走を濃度依存的に抑制した。そこで、何れの三量体G蛋白がRac活性及び化学遊走の抑制に関与しているかを、Gα_<i/o>に関しては百日咳毒素(PTX)を、他のGαについてはそれぞれのC末端ペプチドをアデノウイルスを用いて発現させることにより検討した。これは、各三量体G蛋白αサブユニットがそのC末端領域で受容体の細胞内領域と特異的に相互作用することに基づいたストラテジーである。その結果、Edg5発現細胞においてG_<12>及びG_<13>αサブユニットC末端ペプチド(Gα_<12>-CT及びGα_<13>-CT)の発現のみが、S1PによるRac・化学遊走の抑制を特異的に阻害した。一方、βアドレナリン受容体キナーゼC末端ペプチドの強発現は、Edg5受容体によるRac・化学遊走の抑制を阻害しなかった。これらの結果からG_<12/13>の、βγサブユニットではなく、αサブユニットが、Edg5受容体によるRac・化学遊走の抑制作用を媒介していると考えられた。
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