代表的な精神疾患のひとつであるうつ病の治療には抗うつ薬が使用されているが、作用発現には数週間必要で有る事が知られている。抗うつ薬の薬理作用(セロトニンやノルエピネフリンの取りこみ阻害作用)は、投与直後に見られることより、慢性投与で引き起こされる脳内の神経伝達系の変化に注目が集まっている。昨年度、代表的な抗うつ薬アミトリプチリンの慢性投与が、脳内の脳由来神経栄養因子BDNFを増加させる作用を有することを見出し、抗うつ薬の作用発現に脳内のBDNFの増加が関与している可能性を示唆した。 今回、未治療の大うつ病性障害の患者の血液中BDNF濃度を測定したところ、健常者のBDNF濃度と比較して有意に減少していること、および血液中BDNF濃度とうつ症状の重症度(ハミルトンのうつ症状の評価スケール)との間に負の相関関係が見とめられることを発見した。さらには、抗うつ薬による治療によってうつ症状が改善させるが、それに伴って血液中BDNF濃度が増加することも見出した。これらの知見は、うつ病の生物学的マーカーとしてBDNFが有望であることを示唆しており、さらにはBDNFがうつ病の病態において重要な役割を果たしている可能性を示唆している。 以上のように、BDNFがうつ病の病態、さらには抗うつ薬の作用発現に重要な役割を果たしている可能性が示唆された。現在使用されている抗うつ薬投与によるBDNFの発現増加には、数週間が必要であることより、BDNFを速やかに発現するような薬剤は、効果発現の速い新しい抗うつ薬としての可能性があるであろう。
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