一過性の心筋虚血の後、血流がほぼ正常に回復したにもかかわらず、心筋収縮能の低下が遷延する虚血再灌流障害の病態を心筋スタニングといい、冠動脈血行再建術後、人工心肺後、心肺蘇生後の発症が報告されている。心筋スタニングは数十時間から数日をかけて回復するものの、この間に進行する多臓器機能低下および多臓器不全は臨床的に重要な問題である。心筋スタニングの発症機序としてカルシウム説および活性酸素説があり、これらは相互に関連して病態を形成していると考えられているものの、いまだ詳細はあきらかでない。最近、オピオイト受容体作動薬であるモルヒネの、薬理学的プレコンディショニング効果が注目され、その心筋梗塞サイズの縮小効果が報告されている。しかし、麻酔中に用いられるオピオイド受容体作動薬としてはフェンタニルが一般的であり、モルヒネが使用されることはほとんどない。 今回、フェンタニルが心筋スタニングにおける左室収縮力の回復に与える影響およびATP感受性カリウム(KATP)チャネルの役割を、急性装置埋め込み大を用いて検討した。全身血行動態および冠血行動態を経時的に記録し、左室収縮力の指標として局所心筋短縮率を測定した。血行動態データはアナログ-デジタル変換しコンピュータを用いて解析した。心筋スタニングにおける局所心筋灌流量の減少と回復の確認には、マイクロスフェアを用いた吸光度測定で行った。統計学的検定は分散分析を用い、p<0.05をもって有意差有りとした。フェンタニルの虚血前投与により再灌流後の局所心筋短縮率の回復は促進され、この心筋保護効果は用量依存性に発揮された。フェンタニルによる心保護効果は、ミトコンドリアKATPチャネル遮断薬である5-HDの前処置により消失した。フェンタニル投与による冠血行動態の変化は認められなかった。フェンタニルは生体レベルにおいて、虚血再灌流による心筋スタニンクにおける左室収縮力の回復を、ミトコンドリアKATPチャネルの活性化を介し、用量依存性に改善させることが明らかとなった。この成果は2004年5月の日本麻酔科学会において発表予定である。 今後は、フェンタニルの心筋スタニング軽減効果におけるオピオイド受容体の役割を検討し、フェンタニルの心保護効果のメカニズムに関する研究を完成させたい。
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