発生初期の網膜神経上皮組織において、細胞内カルシウムストアを介したカルシウムシグナル、すなわち、細胞内カルシウムストアからのカルシウムイオンの放出(カルシウム動員)及びストアの枯渇により活性化される細胞外からのカルシウムイオンの流入(容量性カルシウム流入)は、細胞増殖期に特異的に生じること、一方、電位依存性カルシウムチャネルを介したカルシウム流入は、時期的に細胞増殖能の推移とは反比例して生じること、を既に報告している。本研究では、カルシウム感受性蛍光色素を負荷した鶏胚網膜神経層の伸展標本に共焦点レーザー蛍光顕微鏡を適用し、得られた光学的断層像上でカルシウム濃度上昇が生じる場所を特定することで、細胞周期のどの時期にどのカルシウムシグナルが動くかを細胞レベルで検討した。ATP受容体の活性化によるカルシウム動員は、網膜神経層内層の細胞(S期細胞)の細胞体の核内で顕著に起こり、外層の細胞(M期細胞)及び最内層にある神経細胞に分化した細胞(網膜神経節細胞)では痕跡的であった。チロシンキナーゼにより制御されることが知られる容量性カルシウム流入も同様の傾向を示し、特にS期細胞では細胞体のみならずその外側突起終末部でも顕著に見られ、さらにS期細胞の外側突起終末部から細胞体へと連続して小胞体カルシウムストアが存在し、細胞体で核膜が小胞体とともにカルシウムストアを形成していた。一方、電位依存性カルシウムチャネルを介したカルシウム流入は、網膜神経節細胞で顕著に生じ、S期細胞では痕跡的であった。ストア作動性カルシウムシグナルは細胞増殖の制御シグナルとして、電位依存性カルシウムシグナルは細胞分化の制御シグナルとして機能し、さらにこれらカルシウムシグナルのスイッチングにより細胞増殖・細胞分化という神経発生期のイベントがスイッチされている可能性が考えられる。
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