グラム陽性の黄色ブドウ球菌と、モデル生物として研究されてきたグラム陰性の大腸菌ではDNA複製の開始機構に類似点と相違点の両側面があることが、細菌ゲノムの遺伝子組成の比較から予想される。そこで黄色ブドウ球菌の複製開始調節機構の解明を目的とし、その調節に重要な役割を担うと予想される複製開始因子DnaA蛋白の生化学的解析に着手した。 精製した黄色ブドウ球菌DnaA蛋白は、ATP、ADPに対しKd値としてそれぞれ1hM、5nMと高い親和性を示した。黄色ブドウ球菌のoriCプラスミドを構築し、精製したDnaA蛋白のin vitroでのoriC二重鎖開裂活性を調べた。その結果、ATP型には開裂活性があり、ADP型には無いことが分かった。この結果は大腸菌と同じく黄色ブドウ球菌においてもDnaA蛋白のヌクレオチド結合型の制御によって複製開始が調節されることを示唆するものである。 DnaA蛋白のADP型からATP型への再活性化は膜の酸性リン脂質によって行われ、この機構は大腸菌の増殖に必須であるとされる。そこで黄色ブドウ球菌DnaA蛋白のヌクレオチド結合に対する膜の効果を検討した。その結果、酸性リン脂質であるフォスファチジルグリセロール(PG)が、黄色ブドウ球菌においてもDnaA蛋白からのADPの遊離を促進し、DnaA蛋白を再活性化できた。さらにこの再活性化は、黄色ブドウ球菌に存在する塩基性リン脂質のリジルフォスファチジルグリセロール(LPG)によって阻害された。LPGを欠損するmprF遺伝子欠損変株を作出したところ、細胞内の染色体コピー数が増大した。大腸菌のある種のdnaA変異株では染色体コピー数が変動することを考え併せると、これらの結果は黄色ブドウ球菌DnaA蛋白の活性制御に、膜の塩基性リン脂質LPGが関与すること、さらに膜組成の変化が役割を果たしていることを示唆する。
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