研究概要 |
脳は、興奮性および抑制性の神経細胞間のつながり方(神経回路)の変化によって、記憶、思考などの活動を行う。脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor, BDNF)は、神経細胞の活動に伴って放出される分子であり、各種の実験から、個体レベルでも記憶に関わる分子であると知られているが、その詳細な機構にはまだ不明な点が多い。 我々はBDNFの長期作用(1-2日)に着目し、海馬一次培養系をモデルとして実験をした。その結果、抑制性神経細胞が興奮性神経細胞よりも強くBDNFによって活性化され、抑制性シナプスの増加などが引き起こされることなどを明らかにできた(J. Neurosci.)。さらに、この事実を回路形成の観点から捕らえ直すためにBDNF受容体のTrkBのドミナントネガティブ分子を神経細胞に導入し、模擬的にBDNFに反応しない細胞を作りだして解析した。これにより当初の予想とは異なり、シナプス後膜側の細胞が、BDNFに反応することにより、より強い抑制性入力を受けるようになるという、間接的なメカニズムがあることが見つかった。これは、既に活性化した神経回路上にある、つまり、BDNFを受け取ったことがある神経細胞(記憶を保持していると考えられる)が抑制性神経入力を受けることを示唆しており、新規の情報の上書きが防止されるという、ハッセルモのランアウエイ現象の防止理論(Hasselmo 1994 Neural Networks 7 13-)の物質的根拠となり得る、重要な発見である。 この他に、BDNFが短期的(1-2時間)にはシナプス伝達において長期増強(LTP)を高め長期抑制(LTD)を抑える作用を持つことなども明らかにし、総合的に脳機能の解明を試みている。
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