1.遺伝子の解明によって「disorder」「illness」「disease」の概念が変容する可能性 遺伝子診断に基づく治療の概念が論点とされたKatskee v. Blue Cross/Blue Shield of Nebraskaにおいて、ネブラスカ州最高裁判所は、乳癌-卵巣癌症候群と診断された原告の状態は「illness」に該当し、予防的臓器切除を治療と認定した。遺伝的知見の増大は、従来の疾病概念を拡大する可能性もしくは否定的価値を付与する可能性がある。 2.遺伝医療における医師の警告義務 遺伝性疾患のリスクのある人々への医師の警告義務が論点となったPate v. Threlkelにおいて、フロリダ州最高裁判所は、医師の警告義務は、患者に警告することにより果たされるであろうと判決した。他方、Safer v. Packにおいて、ニュージャージー州控訴裁判所は、医師には遺伝性疾患のリスクを持つ血縁者に警告する義務があると判決した。 法的見地から、医師の警告義務の及ぶ範囲と守秘義務の例外としての正当化要件を明確にする必要がある。 3.遺伝情報に基づく米国の健康保険に関する差別の実情と連邦法・州法の対応 米国で報告された健康保険の加入に関する差別の事例とその連邦と州の対応について検討した。連邦法を補充する州法には、遺伝の概念定義の不一致、確定診断のための診断の取扱いに関する不一致、および家族歴へのアクセスや家族の保護に関する不一致等がある。今後、多因子疾患への遺伝子の関与が解明されることを前提とし、遺伝情報に基づく差別的な取扱いを規制することと、逆選択による保険料の引き上げや保険市場の不安定化による無保険者の増加との均衡を図る政策が必要である。なお、本論文は、平成14年度受託研究「バイオ事業化に伴う生命倫理問題等に関する研究」(代表蔵田伸雄)報告書に掲載予定である。
|