1.遺伝医療における医療倫理モデルを検討した。 遺伝技術の応用について、個人に対する遺伝子検査など個人の利益のためになされるもの(医科もしくは臨床遺伝学)と遺伝子スクリーニングなど集団全体の遺伝状態を識別し、予防・改善を図るためのもの(公衆保健遺伝学)に分け、その目的と実践の相違を検討した。その結果、基本的に前者に対しては、個人の自律と意思決定を尊重した基本権モデルが適用され得るが、社会に対しては「連帯」概念を尊重した公衆保健モデルが適用され得る。さらに、社会では「連帯」概念によって、他方家族では「相互依存」概念によって、個人の利益が限定される場合あるいは個人の利益よりも集団の利益が優先される場合がある。公衆衛生モデルについては、その功利主義的で結果主義的な結論を導きやすい欠点があるが、それを最大限回避するために平等な機会を保証するなど、個人に対する社会的不利益を回避するシステムが重要である。 2.英米独を中心とする優生学の歴史を回顧し、現代遺伝学につながり得る問題の射程について検討した。 優生学の起源と発展について、英米独を代表とする主流派優生学と改革派優生学および多様な優生学についてまとめ、さらに進化学と優生学、遺伝学の関係性について考察した。 多くの優生学に共通することは、第一に、その背景に「退化」や「逆選択」につながるおそれがあったことである。これは当時の進化学をはじめとする科学的知見に大いに影響され、優生学はその必要に迫られた問題を解決するための方策として用いられた。第二に、人間の行動の特性について「遺伝」という概念が持ち込まれたことであり、現代に通じるものがある。遺伝学という科学が人類にとって大きな恩恵をもたらすであろう近未来は、優生学の歴史にみられたように、人間に遺伝的な「不適者」という烙印づけをする可能性を秘めた時代として認識することが重要である。
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