本年は、日本に優生学が導入、支持され、遺伝学へ変遷した歴史的考察を行ない以下の考察を行なった。 1.福沢諭吉に始まる優生学は、明治維新という社会改革の喚起されているものの、以降の思想家のほとんどは生物学あるいは進化学という学問を出発点とする。 2.諸外国と同様に日本において、ダーウィンの進化論は優生学の根拠づけに大きな役割を果たし、とくに宗教的背景が希薄な日本においては、文明思想として積極的に受け入れられた。 3.ドイツあるいはアメリカ合衆国で優生攻策が本格化するのは第一次大戦後であるのに対し、日本では第二次大戦後である。日本の優生学の発展は、戦争で多くの命が失われた結果、優良な生命を回復させ、国の復興や成長をめざすという社会的背景が大きな役割を果たしている。 4.日本の優生学で特徴的であるのは、皇室崇拝を詠う日本独特のナショナリズムである。 5.日本において「優生」という言葉は、タブー視されたものではなく、公然と極最近まで使用されていた。 6.日本に導入された進化学は、獲得形質の遺伝の解釈によって、「生まれ」と「育ち」のいずれを重視するのかという点で変化している。とくに獲得形質の遺伝を認めないヴァイスマン説に傾倒するにつれて、「不適者」への消極的優生学に結びつく傾向がある。 7.2002年に施行された「健康増進法」では、健康を保持することが国民の責務となった。この健康の概念は、今後遺伝子レベルで解釈される可能性もある。国家による健康の義務づけは、個々人の内なる優生思想を助長する可能性がある。
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