研究概要 |
本研究の特色は、従来実験室内でのみで行われてきた内臓知覚課題を、実際の競技場面に適用したことにある。採用した内臓知覚課題は、一定時間中、混乱せずに継続して心拍の知覚が可能である単位時間内心拍数の見積もりと実際を比較するMental tracking task(Katkin, 1985; Ring & Brener, 1996; Schandry, 1981)である。また、運動競技課題には代謝要求による自律神経系への影響の少ないクローズドスキルスポーツのなかから、バスケットのフリースロー・シューティグを採用し、成功志向に起因する心理的ストレスを採点方法により操作した。さらに、実際の競技場面での他者との社会的状況を考慮し、自分自身の記録と競い合う単独条件、他者と競う対戦条件、他者と協同して他の組と競う協同条件を設定することにより、ストレス事態下である運動パフォーマンス直前の心理的状態と内臓知覚をそれぞれ質問紙とポリグラフにより測定し、課題の運動パフォーマンスにどのように関連するのかを検討した。被験者には、予備実験により内臓知覚とフリースローの精度の高い者が選ばれた。 結果、内臓知覚課題中心拍数は、試行はじめでは条件間に差がなかったが、試行を重ねるにつれ、安静時には心拍数が減少し、他方、競技課題時の心拍数は下がることがなかった。安静時における内的方向への注意集中により、高覚醒に導かれ心拍数が増加する場合も多いが、本結果では逆結果が示され、座禅などに代表される自己の身体感覚への意識の方向づけによる結果で、かつ本課題が被験者にとって容易なものであったことが示された。一方、競技前ではどの条件でも試行につれ内臓知覚課題への馴化はみられなかった。このことから、競技前のストレス下では覚醒水準を低下させる作用はもたらされなかったといえる。また、社会的競技条件間の心臓知覚精度得点については、協同条件における課題成功時に最も高かった。実際の心臓知覚課題中心拍も協同条件時が最も高かった。内観報告から、対人条件で「あきらめ」、「不安」が高く、協同条件で「目標達成」、「勝ちたい」、「協力」尺度に肯定的な報告を得た。これらから、社会的状況は個人の主観によって受け止め方が異なってくるものであるため、競争性への積極的な取組みとの関係が重要であることが示唆された。また、協同条件では協力するもの同士の親近性が、競争性に作用する点については今後詳細を検討する必要がある。 以上より、内臓知覚能力はパフォーマンス成績を直接予測するものではないが、この能力がパフォーマンス上昇と心理的状態の双方に肯定的に関与することが明らかとなった。この研究成果は日本生理心理学会学術大会で一部発表し、日本バイオフィードバック学会大会においても報告する予定である。
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