スポーツ選手にとっての怪我、及びそれに伴う痛みは、競技者としてのアイデンティティーを危機的状況にさらしてしまう危険因子である。これらの現象を通して非言語的に語られる意味合いの検討は、これまでの研究の視点としては存在しなかった。このような立場から、平成14年度に行われた研究1では、身体から表現される怪我や痛みといった現象と、競技者の心的内面葛藤との関係性を検討することを目的とし、国内における横断的な質問紙調査により、怪我や身体の痛みの経験と心理・行動変容に焦点化し検討がなされた。今年度(平成15年度)では、同様の調査内容と手続きにより、アメリカ合衆国における競技者を対象として調査・検討を行った。 調査内容は、研究1で使用したものを翻訳し、ネイティブによる確認・修正を3度行い、最終的にアメリカH大学運動部部員による予備調査の結果、妥当な翻訳であることを確認した上で本調査を実施した。翻訳を行い実際に用いた調査尺度は以下の尺度である。1)リハビリテーション過程での心理的変容に関する尺度、2)リハビリテーション過程でのソーシャルサポートに関する尺度、3)リハビリテーション過程での行動変容に関する尺度、4)競技及び怪我に関するSCT(文章完成法テスト)、5)競技キャリアの中で最も重症であった怪我に関する詳細な情報(診断名、発生状況、認識する原因、怪我の傾向など)。主な結果は、以下のとおりであった。 1)日本の結果と同様に、より重度の怪我を負った経験のある競技者ほど、健全な選手への羨望感が高く、復帰後への大きな不安・緊張を大きく抱いていることがうかがえた。 2)SCTからみたアメリカの大学生競技者の特徴としては「奨学金がストップされるかもしれない」、「将来の見通しが狂った」といったような日本の大学生競技者には見られない叙述がみられた。これらは、米国大学スポーツの状況、さらにはプロスポーツとの関係性などを象徴したものであり、ケースによっては心理サポートが欠かせない選手の存在が示唆されるものであった。
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