スポーツ選手にとっての怪我やその痛みは、競技者としてのアイデンティティーを危機的状況にさらしてしまう危険因子であり、これらの現象を通して非言語的に競技者から語られる意味合いの検討はほとんど行われていない。このような立場から、平成14年度では国内において、平成15年度ではアメリカ合衆国において、横断的な質問紙調査から、怪我や痛みの経験と、心理・行動変容について検討を行った。このような経緯をもとに、今年度ではインタビュー形式による調査を中心に、怪我の経験が競技との関わりにどのような影響を与えたのかといったことについて事例による検討を行った。 調査内容は、スポーツ傷害受容診断尺度、SCT(文章完成法テスト)、怪我の体験後の心理・行動変容に関わる質問項目等であった。ここでは紙面の都合上、1ケースについて以下に報告する。 【ケースA:25歳男性 元大学サッカー選手】 Aは小学校から高校まで各年代の主要全国大会での上位入賞経験を持ち、特に高校時代では全国有数のサッカー名門高校に在籍していた。しかしながら、2年時に全治8カ月という大怪我をしてしまい(腰部)、「あの怪我でプロになるのは無理だなーと思った…」と述べている。大学進学後も、トップレベルの大学ではなかったが、キャプテンを務め、4年間競技を継続していったようである。当時を振り返りながらのインタビュー調査(4回実施)と先述した質問紙調査の結果から、以下のようなことが明らかとなった。 1)重度の怪我を体験した後、よりよい対処行動を取ったことが、その後の自身の自己意識をよりポジティブな方向に移行することができる。 2)受傷後の対処行動においては、セルフコントロールや気分転換に関わる叙述が比較的多く、またそこには周囲からのソーシャルサポート(本事例の場合はトレーナー)が非常に重要な役割となったことが窺われた。
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