研究概要 |
本研究は,原子力の社会受容性に関するこれまでの研究成果知見を基に,その形成メカニズムをマルチエージェントモデルで表現した試みである.原子力は,専門性が高い上,日常生活において直接的に触れる技術ではないために,大多数の一般公衆は原子力についての評価を,自らの直接的な知識や経験に基づいて行うのではなく,他人との意見交換やマスメディアなどから得た情報を基に行うと考えられる.そこで,本研究では,1)固有の原子力風土を有する社会における原子力世論の形成プロセスを,国,企業,地域コミュニティーなどからマスメディア等を通じて発信される原子力情報の社会構成員による認知,交換,伝播過程とみなし,2)個人により認知された原子力情報が,社会コミュニケーションを通じて伝播しながら個々の構成員の原子力好感度に影響を及ぼし,マクロ的な原子力受容度が形成される過程を人工社会モデル(マルチエージェントモデル)により定式化し,3)シミュレーション解析により,当該社会の原子力世論の社会ネットワーク構造,認知心理的因子,メディアの影響等に関する解析結果を示した.原子力の社会受容性について,このような様々な要因をプログラムに導入した数理解析例はこれまでにないものであり,また,P. Slovicらによって指摘された認知心理的効果等を再現できた. 本研究のようなモデル構築自体には,これまでの多面的な研究成果を整理し,分かりやすく示す効果がある.また,個々の要因の影響を定量的に解析することも容易である.原子力世論の形成メカニズムや特性に関する「システム的な理解」にこのようなモデリング手法は有益である.特に,本手法はマルチエージェントモデルを採用しているため,エージェント間のネットワーク構造,相互作用を容易に,モデルに導入できる. ただし,本稿で示した結果は創発的なものとは言い難い面もある.マルチエージェントシミュレーションの強力さはミクロ的な素過程からは予期できないマクロ構造の発現にあるという見方に従えば,今後はエージェントのさらなるグルーピングや認知心理的効果の非線形性なども考慮した解析が必要と考えられる.
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