組織の形成過程において、基質の硬さという物理的因子が与える影響を調べる目的で、上皮細胞が増殖・移動・膜形成を行う様子を長時間観察した。位相差顕微鏡に顕微鏡保温装置を取り付けて、上皮細胞が生体内の結合組織に近い環境で上皮シートを形成する過程を数日間にわたり観察した。その結果、軟らかいコラーゲンゲル基盤上で培養した上皮細胞は、数百から数千個の集団で一方向に運動することが明らかとなった。この集団運動の時間発展を定量的に解析するために、個々の細胞の運動速度に関して平均自乗変位、自己相関、空間相関の時間変化を調べた。その結果、あらかじめコラーゲン線維が強く配向したゲル上で培養した細胞は、個々の細胞が線維の配向にそった運動を示すのに対し、線維の配向が弱いゲル上においては、細胞数が増加することで初めてゲルの配向方向に沿った集団運動を示すことが明らかとなった。 さらに、上皮細胞が組織を形成する過程を力学的な見地から調べる目的で、広域走査が可能な新しい力学走査型プローブ顕微鏡(WR-SPM)の開発を行った。これまで市販のSPMでは100ミクロン程度の走査範囲が限界であったが、今回開発したWR-SPMによって400ミクロンのエリアを走査することが可能となった。これによって、数百の細胞からなる上皮細胞のコロニー全体を捉えることに成功した。弾性率分布の経時測定を行った結果、上皮細胞はコロニーを形成すると、コロニー周辺部の一部の細胞が牽引力を発生し、その力がコロニー中心部に伝わることで、コロニー全体が協調して運動することが明らかとなった。
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