本研究は、神経ステロイドの合成機構を解明することを目的とした。昨年度はモデル系として小脳顆粒細胞を用いたが、本年度は神経ステロイドの主要な標的であるラット海馬において検討を行った。海馬では女性ホルモン(エストラジオール)が神経機能に対し顕著な急性作用をもたらすので、海馬におけるエストラジオールの合成経路を確定することを目指しHPLC解析による代謝実験を行った。その結果、海馬ではDHEAからアンドロステンジオールを介してエストラジオールが合成されていることが明らかとなった。これは末梢生殖腺のステロイド合成経路(DHEA→ナンドロステンジオン→テストステロン→エストラジオール)とは異なっており、脳独自の合成調節を行っている段階である可能性があるものと思われる。また、内分泌かく乱物質(環境ホルモン)であるビスフェノールAの神経ステロイド合成に与える影響を検討したところ、ビスフェノールAは海馬のエストラジオールの合成を阻害するにも拘わらず、ステロイド合成急性調節蛋白質(StAR)の発現量に対しては有意な変動を与えなかった。StARのみならず、コレステロール運搬能を持つと考えられるMLN64蛋白質の発現に対して与える影響も検討したが、これについても抑制は検出されなかった。よって、ビスフェノールAはコレステロールの運搬の段階ではなく、合成経路の下流を司るチトクロムP450等の酵素に対し阻害効果を及ぼしているものと思われる。本研究では、これまで用いられてきたペプチド抗体のみならず、リコンビナントのStAR蛋白質に対して作成された新規の抗体を用いてウエスタンブロットを行い、やはりペプチド抗体と同じく37-kDaの位置にバンドが得られることを確認した。StARをコードするmRNAの存在も特異的プライマーを用いたRT-PCR法によって確認し、P450sccなどに比べ数十倍のmRNAが存在することが観察された。37-kDa StARが検出されないという報告が米国のグループによってなされたが、やはり37-kDa StARはラット海馬に存在することを確認することができた。
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