哺乳類の大脳皮質は生後の限られた時期(臨界期)に極めて柔軟になる。我々はこれまでに、抑制性伝達が視覚野の臨界期の引き金であることを示してきた。眼優位可塑性を示さないGABA合成酵素の一つを欠損したマウス、あるいは臨界期前の正常マウスの視覚野にGABA_A受容体の選択的な作働薬であるジアゼパム(DZ)を注入すると、可塑性を引き起こせた。しかも、DZはわずか2日間で充分で、この誘導した可塑性はいずれ失われた。臨界期発現を支える抑制性シナプスの分子機構を追究するために、今年度は以下の研究を行った。 まず、抑制性伝達による臨界期誘導が視覚経験に依存するかを追究した。感覚入力は視覚野の機能的な発達に不可欠だと信じられている。事実、正常成熟マウスは眼優位可塑性を失っているにもかかわらず、生後からずっと暗室下で視覚経験を受けていない成熟マウスは可塑性を保持している。暗室飼育中にDZを2日間注入し、その後も引き続き約30日間暗室で飼育した成熟正常マウスでは、驚くべきことに眼優位可塑性が失われていた。抑制性伝達の増強は視覚経験がなくても臨界期を開始させ、その30日後には、臨界期が既に終ってしまったのだろう。 次に、暗室下DZ処理から30日経過したマウスの視覚野をウェスタンブロットで解析した。GABA作動性シナプスを構成する様々な分子のうち、GABAトランスポーターあるいはGABA_A受容体αサブユニットは減少していたが、GABA_A受容体の裏打ち分子やシナプス小胞結合分子などは変化していなかった。いずれの分子も正常臨界期が終わるにつれて同様の変化を示した。このように、GABA_A受容体を介した自発活動の増強は、自身のシナプスを発達させて、臨界期に対応する環境を速やかに作り出すことが示唆された。現在、臨界期発現時のGABA_A受容体αサブユニットを継時観察する準備を進めている。
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