左右の小脳室頂核からは同側性および交叉性の室頂核遠心路が始まる。交叉性の遠心性線維は小脳白質正中部で交叉して鈎状束を形成する。鈎状束には左右の脳幹および上部頚髄へ下行性に投射する室頂核網様体路、室頂核前庭路、室頂核上丘網様体路、室頂核脊髄路と、左右の視床へ上行性に投射する室頂核視床路が含まれる。除脳ネコにおいてこの鈎状束の正中部(小脳歩行誘発野cerebellar locomotor region ; CLR)を選択的に連続微小電気刺激すると、流れベルト上で制御歩行が誘発できる。本研究の目的は除脳ネコで同定されたCLRが、正常ネコの歩行および姿勢の制御においてどのような機能的意義を持つのかを解明することである。そのためネコのCLRに微小電極の先端を慢性的に留置し、中枢無傷・覚醒ネコの歩行および姿勢に対するCLRの選択的刺激効果を無拘束の状態で観察した。次にそのCLRの選択的破壊効果も観察した。 得られた結果は次の二点に要約される。 1.CLRの選択的刺激効果:床上に座っているネコのCLRを連続微小電気刺激するとネコは立ち上がり、安定で直進的な歩行運動を開始した。歩行中のネコは頭部を体幹より低く保ちながら進行方向に向け、頚部を伸展した。左右・前後肢の運動は規則的かつ協調的だった。 2.CLRの選択的破壊効果:CLRを選択的に電気凝固破壊されたネコは不安定な歩行運動を行った。歩行中のネコは頭部・頚部ならびに体幹を低く保ちながら注意深く歩いた。左右前後肢の運動は不規則かつ非協調的で、方向転換を試みるとネコはバランスを崩してしばしば転倒した。 以上の結果は、正常ネコの歩行および姿勢の制御において室頂核からの交叉性遠心路を下行または上行する運動指令情報が頭部・頚部・体幹および左右前後肢からなる複数の運動分節の動きを時間的・空間的に協調(並列制御)している可能性を示唆する。
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