研究実績の概要 |
距離より仕事量を増大させ筋肥大を誘導できる負荷付き運動が,海馬の神経新生や空間認知機能にも効果的であり,その背景として少なくともBDNFを介した情報伝達の介在を明らかにしてきた.しかし,その分子基盤の全体像はいまだ明らかではなく,網羅的な検証が必要である.そこで本研究では,マイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解析を行い,分子基盤の全体像を海馬で明らかにすることを目的とした. 実験には,10週齢のWistar系雄ラットを安静(Sed)群・負荷なし(WR)群・体重30%負荷(RWR)群の3群に分け,4週間の運動終了後,海馬を取り出し,マイクロアレイ解析(増強:≧ 1.5倍,抑制:≦ 0.75)とIPA解析(機能分類と遺伝子のネットワーク構築)を行なった. その結果,RWRの走行距離がWR群の半分を示す一方,仕事量は8倍に増加.更に,速筋型の足底筋の肥大やミトコンドリア酵素活性(CS)が増加することなどからRWRの妥当性を確認した.また,WR群(増強128個,抑制97個)と比較して,RWR群(増強169個,抑制468個)では,より多くの遺伝子の抑制が確認された.これらの遺伝子をIPA解析により体系化した結果,RWRでは,炎症免疫反応,タンパク質合成,細胞移動に関連する遺伝子群の変動が最も大きかった.特にRWRでは, 炎症因子(IL1B, CXCL1, CXCL9, CCL13, TNF, IL2RAなど)の抑制が顕著にみられた. 負荷付き自発運動が海馬にもたらす遺伝子発現の網羅的解析により,炎症免疫反応,タンパク質合成,細胞移動に関わる遺伝子群が大きく変動される特性が明らかになった.特に,炎症因子の多くは海馬の神経可塑性に抑制的に働くことから,BDNF作用に加え炎症因子の脱抑制的な効果が負荷付き輪回し運動で強化され,より効果的な海馬の可塑性を産み出している可能性がある.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画通り実験を実施し,1年目に,海馬神経可塑性・機能に違いが生じる4週間の負荷付き自発運動を用いて,マイクロアレイよる遺伝子発現の網羅的解析を行い,運動で高まる海馬神経可塑性の分子基盤を明らかにすることができた.また,マイクロアレイで得られた遺伝子リストを基に,Ingenuity Pathways Analysis(IPA)によるネットワーク及びパスウェイ解析(各遺伝子間の相互作用に基づくネットワーク構築)を行い,各因子のヒエラルキーや運動時の海馬適応に関わる重要な機構の解明した.これらの研究成果は既に国際誌(Lee et al., Physiol Rep, 2014)掲載されており,当初の計画以上に研究が進展したといえる.
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