研究課題
電子などの粒子線を加速して原子に衝突させると、内殻の励起が起こって元素に特有のエネルギーを持つ特性X線が放出される。この現象は、物質の元素分析に頻繁に利用されている。入射粒子が陽電子の場合には、内殻イオン化断面積が電子入射の場合よりも小さくなることも明らかになっている(Nagashima et al., Phys. Rev. Lett. 29 (2004) 223201)。これは原子核とのクーロン反発のために、陽電子が内殻に近づきにくくなるためで、特に入射エネルギーが閾値付近の場合に顕著である。それでは、入射粒子が電子と陽電子の束縛状態であるポジトロニウムの場合にはどうなるだろうか。近年、ポジトロニウム-原子・分子散乱の全断面積が、同じ速度を有する電子散乱の断面積と等しくなることが見出され、話題になっている(Brawley et al. Science 330 (2010) 789)。内殻イオン化の場合も電子入射の場合と同じく同じ速度を持つ電子入射と同程度になるのだろうか。それともブレークアップ等によって、全く異なる断面積になるのだろうか。本研究課題は、これについて調べることを目的とする。平成26年度は、エネルギー可変ポジトロニウムビームラインの設計と製作を行った。このラインでは、陽電子を溜め込んだのちにパルス幅10ns程度のパルス状に引き出し、ナトリウムを蒸着したタングステン表面に入射して陽電子1個と電子2個の束縛状態であるポジトロニウム負イオンを生成する。これを電場で加速した後にレーザー光を照射して光脱離させることによってエネルギー可変ポジトロニウムビームを生成する。このビームラインの設計が完了し、製作に取り組んだ。
2: おおむね順調に進展している
当初は、陽電子溜め込み装置を利用したエネルギー可変ポジトロニウムビーム発生装置を完成させることを予定していた。研究業績の概要に書いたように、全ての計画がおおむね予定通り進んだ。ただし、陽電子溜め込装置を利用したエネルギー可変ポジトロニウム発生装置の完成には至っておらず、最終的な組み立てと調整を残している。完成に至っていないのは、当初予定していたものよりも、より輝度の高い高品質ポジトロニウムビームを目指すことに舵をきったからである。例えば、陽電子溜め込み装置からのパルス状陽電子を磁場から完全に切り離してビーム径を絞る装置を組み込むことにした。またポジトロニウム負イオン生成ターゲットであるタングステン薄膜の保持方法や焼鈍方法の吟味を行った。これらの手法の採用は、より高品質なポジトロニウムビームを得ることを保証するためのものであり、むしろ現状の遅れのみでより高品質なポジトロニウムビームが得られれば十分な進展であると言える。陽電子溜め込み装置を利用したエネルギー可変ポジトロニウムビーム発生装置の開発に関しては、27年7月にスペインで開催される原子衝突国際会議でポスター発表を行うことになっている。
27年度には、(1)陽電子溜め込み装置を利用したエネルギー可変ポジトロニウムビーム発生装置を完成させ、(2)ポジトロニウム衝撃による内殻イオン化断面積の測定を行う。同時に、(3)(1)で完成するポジトロニウムビーム装置を利用して、固体表面におけるポジトロニウムビームの回折・干渉の実験をも行う予定である。
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