本研究の目的は、雌雄同体の有肺類(カタツムリ・ナメクジ)で初めて、交配前隔離の鍵となる性フェロモン分子の構造変異を同定し、当該分子の産生能と感受能の遺伝システムを検証することにある。これまでに揮発性物質の中に成熟個体に特有のものを複数検出し、近縁種間でそれらが異なることをガスクロマトグラフィー質量分析法により確証した。性フェロモン産生能と感受性における雑種崩壊と雑種強勢が生じるメカニズムを知るために雑種第一世代の成熟個体を対象として分泌物質の分析とバイオアッセイに必要な実験材料を整えつつある。エステル類に分類される化合物の二種が交尾器を露出させる点で交尾行動の誘発にかかわっている可能性を強く示唆する結果がこれまでの行動分析により得られている。これらの物質は揮発性においてたがいに大きく異なることから、生体表面に分泌されて他者の行動を励起するプロセスの差異を反映している可能性がある。成体と幼体の放散する揮発性分泌物質の比較により検出された成体特有のものに5種の分子種が同定された。これまでに誘因活性を統計的に検証した結果、二種の成体を共通に誘引する物質が同定された。本近縁種の間では配偶者選択による交尾前の生殖隔離が進化しているものの不完全である。この不完全である原因がこの共通に誘引する物質を両種が生産するからである可能性がありその検証が新たな課題として浮上した。複数の分子種のブレンド比で種間の識別が成立することを立証する実験を行い、共有する分子種の比率が高い場合に種間の誘引効率が増大することを示した。
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