ボヤンバートル(宝音巴特爾)は、外国人特別研究員としての任期中、研究代表者である柳澤明と定期的に意見交換をしながら、早稲田大学図書館、東洋文庫等に所蔵される、19世紀後半から近年にいたるまでの日本における遊牧研究の成果を渉猟し、それらを次のように総括した。 ①19世紀末の日本人による中央アジア探検記録は、探検の多くが政治的・軍事的背景のもとに行われたものであることから、遊牧に関する研究史の中ではあまり注目されてこなかったが、実は当時の遊牧社会に関する貴重な情報を含んでおり、正当に評価すべきである。 ②20世紀前半~中葉、すなわち戦前期から戦後初期の日本人による研究に関しては、梅棹忠夫を中心とする京都大学関係の研究者の業績が出色である。それらは、動物学・植物学等の該博な知識と民族学(人類学)の方法論を駆使したもので、今日重要な課題となっている遊牧と環境の関係についても先見的な指摘を行っているが、モンゴルの遊牧に関しては、遊牧の地域差の原因に対する考察が不十分である等の限界も認められる。 ③20世紀後半以降においては、梅棹らを継承する一連の研究成果があるが、それとは別に、モンゴルの遊牧に関する吉田順一の業績が特筆に値する。それは、広範な実地調査を基礎として、遊牧社会における農耕の位置づけ、近代以降の遊牧社会の変容過程などを視野に入れたもので、遊牧の将来を考える上で多くの示唆に富む知見を含んでいる。 日本の遊牧研究をこのような視点から俯瞰的に総括した研究は、日本においてもほとんど類例がなく、関連分野の研究者にとって高い参照価値をもつと思われる。なお、上記①の部分はすでに論文として発表済である。②・③についても論文原稿はほぼ完成しており、近い将来に発表予定である。③の吉田の業績については、それらを集成してモンゴル語に翻訳した単行本の出版を計画中であり、吉田氏本人の許諾も得ている。
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