最終年度である本年度は、間主観性と身体性に関する前年度までの研究を継続するとともに、それらを人間性の現象学的哲学として統合することを目的とした。 身体性に関しては、『知覚の現象学』における身体論の位置づけを明らかにするとともに、身体論の中核をなす「投射」の能力が、「誕生」という出来事において主体が主体自身に与えられるという根源的な自己触発に基礎づけられているという論点を明確にした。誕生論の枠組みで理解することによって、身体の運動性や空間性の概念を、主体の生き方一般との連続性において解釈することが可能になった。 間主観性については、前年度までの「役割」に関する考察に基づいて、論文「小説と形而上学」について、その中でメルロ=ポンティが取り上げているボーヴォワールの小説『招かれた女』まで遡って検討し、本研究の中でこれまで論じてきた他者知覚論が、カント的な道徳との対立において道徳論的に発展し、既存の価値観が失効した無道徳的な状況から改めて価値を作り出す実存の運動が論じられていることを示した。さらに、「小説と形而上学」では考慮されていない公共の場における他者との関係についても、『ヒューマニズムとテロル』などに同様の議論が見出せることを指摘し、他者との交流を中心としたメルロ=ポンティの道徳論を引き出した。 最後に、以上の考察を含めた三年間の研究成果をまとめ、人間の道徳的な生き方を主題とする博士論文として体系的に再構成することで、メルロ=ポンティの中期思想を人間的主体の哲学に基づく倫理学的な考察として理解するという新しい視座を提示した。
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