本研究の目的は、全般的な知的発達に遅れはないが、読み書きの習得が特異的に困難な発達性読み書き障害児の障害機序を解明し、科学的に有効な介入方法を開発することである。 採用第一年度の26年度は、発達性読み書き障害児の書字障害機序解明の手がかりを得るため、健常成人における書字の認知モデルの構築、および典型発達児における書字の認知過程を明らかにすることを目的とし、研究1-3を実施した。 研究1では、健常成人を対象とした書字実験データの解析を行った。具体的には、書字の正確性、流暢性に関わる単語属性および認知能力について検討した。単語属性の面では単語の出現頻度や音と文字との対応関係が、書字の正確性と流暢性に影響を及ぼすことが明らかになった。認知能力の面では、語彙課題と音韻課題の成績が書字の正確性に影響していた。これらの結果から、単語に関する知識から綴りを想起する語彙経路と、単語の構成音に対応する文字の綴りを想起する非語彙経路を想定する書字の2重経路モデルが、英語圏と同様に日本の漢字単語書字においても適用可能であるという仮説が支持された。 研究2では、小学5年生の児童約100名に、単語属性評定課題を集団式で実施した。その結果、成人にとってはなじみのある単語であっても児童にとってはなじみの薄い単語があることが明らかになり、研究3の課題語選定上の参考となった。 研究3では、小学5年生の児童約30名に書字課題を個別式で実施した。結果として、児童においても単語に対するなじみの程度や音と文字との対応関係が書字の正確性および流暢性に影響を及ぼすことが明らかになり、小学5年生の段階で2重経路モデルに基づく情報処理を行っている可能性が示唆された。健常成人や典型発達児から得られたデータは、今後発達性読み書き障害児のデータと比較し、情報処理過程の差異を明らかにする上で重要と思われる。
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