平成28年度は、これまで収集した文献史料とインタビューの整理や分析を進め、従前からの研究目的と分析視点をより明確にし、研究全体を総括的にまとめる作業を進めてきた。 1932~45年に、日本は占領下の満洲国と蒙疆地域において、モンゴル民族を対象として教育、宗教、産業、衛生、及び出版などの事業領域における文化振興政策を実施した。その中でモンゴル人女子に学校教育を施すことを通じてモンゴル人の「家庭生活の改善」と人口増加などが図られたことから、女子教育が重要視されていたことがわかる。なぜ日本はモンゴル人の家庭生活を改善すべきだと考えたのか、この時期の日本のモンゴル人女子に対する教育的働きかけがどのような性質であったのかを解明するために、時代を遡って、1910~20年代の内モンゴル社会を生きるモンゴル人女性やその「家庭」のあり方について日本人の記録を通じて考察した。その際に、当時の日本本土における家庭のあり方はどのようなものであったのかということを視野にいれながら、日本にとって当時のモンゴル人女性とはどのような存在であり、また女性が主体となるモンゴル人の「家庭」のあり方はいかなるものであったのかについて分析するとともに、それら日本人によって記されたモンゴル人女性と「家庭」のあり方をめぐる言説の中で、いったいモンゴル人家庭生活の何が「問題」とされていたのかについて検討した。 1910~20年代を対象としたこの研究は申請書にあげた研究時期に当てはまらないものの、問題関心は本研究課題と通底しており、特に1932から45年にかけての日本の対モンゴル人女子教育方針の制定及び実施に至るまでの経緯を知るための必要不可欠な基礎的考察になるはずである。最終的な研究成果をまとめる際にその知見をも組み込むことで近代内モンゴルにおけるモンゴル人女子学校教育の発展過程がより明確に描き出されることが期待できる。
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