前年度までに開発した,極低温昇温脱離(TPD)実験による固体表面の吸着エネルギー分布測定手法の妥当性を検証すべく,実際のTPD過程を模した分子動力学シミュレーションを行った。ここでは,簡単のため量子効果を無視できる重い原子であるArを吸着原子として採用し,前年度までに構築したAtomisticシリカ表面モデルを用いてシミュレーションを行った。能勢フーバー法により温度を制御しつつ,一定速度で昇温することで,昇温速度に応じて脱離ピークの異なる複数のTPDカーブを計算した。この複数のTPDカーブに対して脱離速度と温度についてのアレニウスプロットを行い,その傾きから吸着熱を得た。得られた吸着熱は,吸着量が少ない場合は,固体壁との強い相互作用を示唆する高い値となる一方,吸着量がBET解析により得られる単分子容量よりも十分に多い場合は,蒸発熱と同程度の値となり,吸着シミュレーションにより計算される吸着熱の吸着量依存性と同様の傾向を示すことを確認した。これにより,吸着熱・吸着エネルギー分布の簡便な測定を可能にする極低温TPD実験および得られるTPDカーブの解析手法が妥当であることが確認できた。 また,表面ラフネス評価の重要性を示すべく,表面ラフネスを加味したAtomistic規則シリカ多孔体モデルを用いて,メソ孔を含む多孔性材料において観測される毛管凝縮挙動の検討を行った。遷移状態理論により毛管凝縮の速度定数を計算し,実験結果との比較により,「実験の平衡待ち時間の間に毛管凝縮を観測し得る十分速い速度」を表す臨界速度定数を決定することで,毛管凝縮の温度・細孔径依存性を定量的に予測することに成功した。以上の結果は,表面ラフネスを合理的に加味したAtomistic規則シリカ多孔体モデルを用いて初めて得られたものであるので,表面ラフネスを合理的に評価することの重要性を示した結果であると言える。
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