本研究では、当研究室で構築してきた、マウス全脳を細胞レベルの解像度でイメージングする装置を用いて、疾患モデルにおける脳構造や神経活動の変化を、全ての脳領域で解析し、精神疾患の病態や神経機能調節の機構の解明を目指す。昨年度までの研究において、活性化した神経細胞を標識するArc-dVenusマウスを用いて、N-methyl-D-aspartate (NMDA)受容体拮抗薬による統合失調症モデルの神経活動変化を解析し、いくつかの脳領域における神経活動の亢進を見出した。当該年度においては、上記の活動変化の意義や治療薬に対する反応性を全脳レベルで可視的に究明するため、以下の検討を行った。 1) 多数の脳領域の中でも、顕著なdVenus陽性細胞の増加が認められた眼窩前頭皮質を傷害し、NMDA受容体拮抗薬による行動異常に及ぼす影響を解析した。その結果、新奇環境下における自発運動量は偽手術群と同程度であったのに対し、眼窩前頭皮質の傷害により、NMDA受容体拮抗薬による多動が抑制されることを見出した。 2) NMDA受容体拮抗薬による神経活動変化に対する、抗精神病薬の作用を全脳レベルで解析した。ハロペリドールまたはクロザピンの前処置により、多くの脳領域においてdVenusの発現が抑制されるが、眼窩前頭皮質では、クロザピンによりdVenus陽性細胞が著しく減少するのに対し、ハロペリドールでは、ほとんど抑制されないことを見出した。 4) 上記の変化が、他の統合失調症モデルにも共通して認められるかを検証するため、メタンフェタミン投与マウスの全脳イメージングを実施し、神経活動パターンを比較した。その結果、薬物による多動は同程度であるものの、全脳レベルでの活動パターンはモデル間で大きく異なること、その中でも、眼窩前頭皮質や前嗅核における変化が、NMDA受容体拮抗薬投与モデルに特徴的であることを見出した。
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