研究課題/領域番号 |
14J01601
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
安河内 彦輝 東京大学, 理学系研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | HLA / オセアニア / 旧人類 / 人類進化 / デニソワ人 / 分子進化 / メラネシア |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、旧人類との交雑で獲得したとされるHLA対立遺伝子(HLA-B*73)やハプロタイプの起源の推定を行い、それらが現生人類集団に拡散した要因や過程を解明することである。昨年度の研究計画では、旧人類デニソワ人の遺伝情報を残すメラネシア集団においてHLA-B遺伝子座を調査する予定だったが、実験の遂行に必要な実験設備を設置できる環境を整えるため、実験室の改修に一定期間が必要となった。 その期間、受入研究室が保有するタイ人に感染したマラリア原虫の赤血球結合分子EBA-175の実験データを用いて、分子進化学的解析を行った。タイマラリア集団のEBA-175対立遺伝子(アリル)の分岐年代を推定した結果、熱帯熱マラリア原虫のヒトへの感染は、現代人の祖先が約20万年前に誕生した後である可能性が高いことがわかった。また、アフリカに生息するチンパンジーやゴリラに感染するマラリア原虫EBA-175アリルと比較したところ、ヒトに感染する熱帯熱マラリア原虫のEBA-175遺伝子だけに、集団中におけるアミノ酸多様性が高くなるような自然選択が作用してきたことが示唆された。これは、現代人の祖先集団がアフリカを出て以降、ヒトの移動とともにマラリア原虫も世界中に拡散し、その遺伝的多様性を増加させながら進化してきたことを示唆する。これらの結果は本研究計画において、現代人がどのように病原体と相互作用してきたかを知る上で参考になる。なお、本研究成果は、2014年11月に神戸で開催された日本生理人類学会第71回大会において優秀発表賞に選ばれた。 現在は実験設備も整い、当初の予定通り、メラネシア集団におけるHLAアリルの調査を行っているところである。また、ヒトとその他霊長類のMHC(ヒトではHLAと呼ぶ)遺伝子の塩基配列データから、旧人類との交雑で獲得したとされるHLAアリルの起源を調査している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
「研究実績の概要」で述べた通り、実験の遂行に必要な実験設備を設置できる環境を整えるための実験室改修に一定期間を要した。まず、メラネシア(オセアニア)集団のHLA遺伝子のタイピングを行うことから本研究計画が進行する予定であった。このHLAタイピングからは、メラネシア集団の人々がどのようなHLAアリルを持っているのかがわかる。しかしHLAタイピングを行う実験設備が整っていなかったために、そのあとの研究実施計画に支障が生じた。 そのあとの研究計画とは、主にメラネシア集団のHLAハプロタイプを解析することである。具体的に述べると、最初に行う予定であったHLAアリルのタイピングで得られた遺伝子型から、PHASE(Stephens et al. 2001)やfastPHASE(Scheet and Stephans 2006)により、ハプロタイプ(HLA-A,-B,-C各遺伝子座におけるアリルの組み合わせ)を推定する。さらに、連鎖不平衡係数(Lewontin 1964)により、どのHLAクラスIアリルが連鎖不平衡状態にあるかを推定する予定であった。HLA遺伝子座において連鎖不平衡状態にある場合、そのハプロタイプがその地域で生存に有利であったために、自然選択により維持されてきたと考えられる。しかし前述したように、メラネシア集団のHLAタイピング実験データが得られなかったため、これらの研究計画を行うことができなかった。長い期間実験を行うことができなくなることを当初予想できなかったことが、今回の研究計画遅延の原因になったと考える。
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今後の研究の推進方策 |
当初の予想に反して、1年目は計画していた実験を行うことができなかったが、現在は実験設備の環境も整い、今後は支障なく研究計画を遂行できると考える。研究実施計画の1年目では、メラネシア集団のHLAアリルのタイピングを行う予定であった。しかしタイピングは、遺伝子型からハプロタイプを予測しなくてはならないために時間を要する。したがって、より迅速に実験が進行するように、HLA-B*73特異的なSNPを含む領域(exon 5の一部: 241 bp)をPCR増幅し、塩基配列を決定する手法に切り替える。なお、この領域を増幅するためのプライマーは既に設計済みである。これにより、旧人類との交雑により得られたHLA-B*73アリルが、旧人類の遺伝情報を残すメラネシア集団に存在するかどうかに焦点を当てる。 仮にHLA-B*73がメラネシア集団から検出された場合は、このアリルと強い連鎖を示すHLA-C*15が検出されるかを同集団で調査する(つまり、HLA-B*73/HLA-C*15ハプロタイプの頻度を調べる)。研究計画ではメラネシア集団において、HLA-A,-B,-C遺伝子すべての遺伝子型を調査する予定であるが、まずはHLA-B遺伝子を優先させる。できる限りすべてを調査する方針だが、研究実施計画が遅れているため、研究計画の進捗状況によって、HLA-C、HLA-A遺伝子の順に優先順位を決めて、臨機応変に研究を実施する。
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