本研究では、細胞間の力学的な情報伝達機構を明らかにすることを目指し、特に、αカテニンを介した細胞間張力感知メカニズムを分子レベルで解明することを目的とした。αカテニンは張力作用下でその立体構造(コンフォメーション)を変化させ、アクチン結合性タンパク質の1つであるビンキュリンを誘導することから、力を生化学シグナルに変換する「メカノセンサ」として機能する。本研究では、原子間力顕微鏡(AFM)による1分子ナノ引張試験と1分子立体構造イメージング、および、全反射顕微鏡(TIRFM)による1分子蛍光観察が複合した実験系を構築することにより、細胞の能動的な張力発生において、力学的因子および生化学的因子が連成した分子機構に迫った。得られた成果は以下の通りである。 (1)αカテニンに対する1分子ナノ引張試験の結果、αカテニンが張力の作用下でその立体構造を変化させ、アンフォールディングしにくい状態でビンキュリンを待ち受ける適応的な張力感知メカニズムが存在することが明らかとなった。 (2)1分子構造イメージングの結果、張力作用下におけるαカテニンの立体構造変化は、分子内のドメイン間相互作用の低下により引き起こされることが示された。 (3)αカテニンの立体構造変化に伴うビンキュリンとの親和性の変化を明らかとするため、AFMとTIRFMとを組み合わせた新たな実験系を構築した。AFM-TIRFMシステムを用いて、張力作用下のαカテニンに対するビンキュリンの結合を観察した。その結果、αカテニンの立体構造の変化に伴うビンキュリンとの親和性の変化が、力学的に安定なαカテニン-ビンキュリン分子複合体の形成を導くメカニズムが提示された。 以上、本研究は、1分子レベルのバイオメカニクス実験を通じて、接着結合を介した張力感知メカニズムに関する新たな知見を提供するものである。
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