本研究の目的は、霊長類が他個体の音声を聞く際に、どのような音声情報を手がかりとして発声者を識別(音声個体識別)しているか、さらに音声個体識別をする際の脳内機構を解明することである。ヒトおよびサルは自然環境下で他個体の音声のみで発声個体を識別しており、この能力は社会コミュニケーションを維持する上で極めて重要である。さらに、ニホンザルとヒトの比較を行うことにより、霊長類に共通した音声処理様式が存在するかを解明することが可能となる。また申請者は、会議やグループ活動など、話者が複数存在する場面で必要となる音声認識アルゴリズムを提案でき、工学技術の改良につながる知見も得られると考える。 当該年度では2人のヒトを対象にし、同種(ヒト)および異種(ニホンザル)の発声者・発声個体の識別の課題を行った。行動実験において被験者は、ヒトおよびサルの発声者・発声個体の弁別に対して高い正答率(90%以上)であった。さらに、音声再合成プログラムを用いてヒトおよびサルの音声連続体(一方の個体からもう一方の個体に連続的に変化していく音声)を作成し、提示した(論文投稿中)。その結果、音声情報の変化量は一定であるが、知覚が異なる音声を決定することができた。 また、1人の被験者に対し、機能的核磁気共鳴法(fMRI)法を用いて同種(ヒト)と異種(ニホンザル)の発声者を弁別する際の脳活動を計測した。ヒトの発声者弁別課題において脳活動を計測した結果、前頭葉の下前頭回に賦活が見られた。しかし、ヒトがサルの発声個体を弁別する際には同様の部位の賦活が観測されなかった。同種および異種内の発声個体を弁別するには、異なる音声処理機構により弁別していることが示唆された。
|