研究課題
本研究では、グリア細胞から神経細胞への信号伝達が、病態脳や正常脳においてどのような役割を担っているのかを調べる。これまで、神経細胞からの信号に応じてグリア細胞が活発に活動することは報告されてきた。しかし、グリア細胞の活動が神経活動に影響を及ぼしうるかは、明らかではなかった。そこで、以前の我々の研究において、グリア細胞の一種であるアストロサイト特異的に光感受性の陽イオンチャネル、channelrhodopsin(ChR2)を発現させた遺伝子改変マウスを用いて、光刺激によってグリア細胞の活動を引き起こした。その結果、グリア細胞からグルタミン酸が放出されて、神経細胞の活動が亢進することが明らかとなった。そして本年度の研究において、脳虚血時にグリア細胞の活動を光感受性のプロトンポンプ、archaerhodopsin(ArchT)を用いて抑制すると、グリア細胞からの過剰なグルタミン酸放出が抑制され、神経細胞での興奮毒性が弱まることを明らかにした。グリア細胞からのグルタミン酸放出が、虚血時の脳障害の程度を強力に左右することが示されたため、続いて、正常脳における生理的なグリア活動も、神経活動を調節するようなグルタミン酸放出を起こしているのかを調べた。小脳では、平行線維からプルキニエ細胞へ興奮性のグルタミン酸シナプスが形成されている。小脳の平行線維を電気刺激することで、興奮性後シナプス応答(EPSC)がプルキニエ細胞から記録されるが、小脳バーグマングリア細胞の活動をArchTによって抑制しておくと、EPSCの後半成分が減少することを発見した。この結果は、興奮性シナプス応答の一部に、グリア細胞からのグルタミン酸放出が加わっていることを示唆する。このように、神経細胞間のシナプス応答にグリア細胞が反応して、シナプス応答を増強させるような機能がはたらいていることを示した研究は、本研究が初めてである。
1: 当初の計画以上に進展している
平成26年度の当初の研究計画では、虚血時における過剰なグルタミン酸が、グリア細胞から放出されているのかを同定し、その放出メカニズムを調べることまでであった。実際には、虚血時におけるグリア細胞からの過剰信号メカニズムを解明しただけでなく、正常時のグリア活動においても、類似したメカニズムによって興奮性シナプス応答を亢進させる機能が備わっていることを発見した。さらに、このようなグリア細胞によるシナプス増強作用のメカニズムについても詳しく調べている。以上の理由から、当初の計画以上に研究が進展していると評価する。
本年度の研究成果により、①虚血時にグリア細胞が過剰にグルタミン酸を放出することが原因で、神経細胞の興奮毒性を引き起こしていること、②グリア細胞のグルタミン酸放出は細胞内の酸性化に依存して起きること、③このようなpHに依存した活動が、正常時の小脳バーグマングリア細胞ではたらいており、小脳の平行線維‐プルキニエ細胞間の興奮性シナプス信号を増強させる作用を持つことが示された。そこで今後は、小脳の運動学習の形成に必要であると知られている、平行線維‐プルキニエ細胞間の長期シナプス応答の減弱(LTD)に、バーグマングリア細胞からのグルタミン酸信号が必要であるかを調べる。これらの研究を通して、本研究課題に沿ったグリア活動の病態への関与を調べる研究へと発展させたいと考えている。たとえば、小脳の運動失調などの病態時に、小脳バーグマングリア細胞の異常活動が関与しているのかを調べるために、バーグマングリア細胞の活動をArchT刺激で抑えることによって、病態を改善することが可能であるかを調べる研究などを考えている。また、当初の平成27年度の計画に沿って、胎児期虚血やてんかんなどの病態モデルを作成し、それらの病態形成や進行におけるグリア細胞の関与を調べる。これまでは虚血モデルとして小脳を用いてきたが、海馬や視床など、様々な脳領域におけるグリア活動の特徴や伝達物質の違いなどを詳しく調べていく。
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Glia
巻: 63(5) ページ: 906-920
10.1002/glia.22792