本研究の究極的な目的は、金融取引の特性およびこれを規律する米国内国歳入法典(以下ではI.R.C.という。)の諸規定の精査を通じて、金融取引における課税のタイミングと実現主義との関係を整理して、一貫した理論を構築することである。本年度の目標(租税法における実現の理論への諸規定の位置づけ)に関連して、2つのテーマを扱った。 まず、株式貸借の研究を進めて論文を公表した。株式貸借における株式所有者の変更を契機とする課税は、わが国の実務上行われていないが、その根拠は何か、という問題意識から出発し、その解明の手がかりとしてI.R.C.sec.1058の調査を行った。I.R.C.sec.1058およびそれに基づく財務省規則は、株式貸借は貸し付けられる株式の含み益損益への課税の契機となりうることを前提としたうえで、含み損益に課税しない(非認識とする)ために満たすべき要件を明確に定めていることを明らかにし、わが国の課税の明確化に資する示唆を得た。 次に、wash saleの研究を行い、成果を研究会で報告した。Wash saleを行う納税者は取引前後で(1)ポジションには変化が生じないが、(2)課税上の利得または、(3)損失が生じる。I.R.C.sec. 1091は特定のwash saleで生じる損失の非認識のみを定め、利得には触れない。この非対称を考察し、立法資料に基づいて、納税者が株式の含み損の計上時期を選択できること、つまり、(1)の状況が生じていながら、(3)とその計上時期の選択可能性があることがI.R.C.sec.1091制定につながったと明らかにした。次に、wash saleから生じる利得への課税を判断した裁判例を取り上げて、裁判所は、真正な取引から(1)の状況が生じると認めつつも、納税者は取引から(2)と現金の利用可能性を得ることに着目して、課税するという結論を導いたと論じた。
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