研究実績の概要 |
オストヴァルト(Wilhelm Ostwald, 1853-1932)の「エネルゲーティク」は,もともと,原子仮説を基礎とする統計力学への批判から出発した.しかし,統計力学におけるアンサンブル理論の歴史は,十全に解明されているとは言い難い.そこで本年度は,オストヴァルトの論敵であるボルツマン(Ludwig Boltzmann, 1844-1906)の研究に端を発し,ギブス(Josiah Willard Gibbs, 1839-1903)の論考で完成したとされるアンサンブル理論の発展について取り纏め,その成果を日本科学史学会で発表するとともに,The European Physical Journal H誌とAnnalen der Physik誌に出版した.また,統計力学による化学的問題へのアプローチが存在したことを示し,その系譜をたどった論文を,2015年度化学史研究発表会のシンポジウム「分子科学への道―物理学と化学の界面―」の一論題として発表した.この論文については,『化学史研究』への掲載も決定済みである.オストヴァルトの「エネルゲーティク」自体についての分析を『自然哲学講義』(Vorlesungen ueber Naturphilosophie, 1902)を中心に進めるとともに,それに対するE・ハルトマン(Eduard von Hartmann, 1842-1906)の批判を検討した.ハルトマンは『無意識の哲学』(Philosophie des Unbewussten, 初版1869年)で知られる哲学者であり,彼のオストヴァルトに対する態度は,「エネルゲーティク」に対する哲学的批判として位置付けることができる(この成果については,第63回日本科学史学会年会において発表する予定である).
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今後の研究の推進方策 |
まず,ハルトマンによる「エネルゲーティク」批判を第63回日本科学史学会で発表し,討議を行う.その後,Schlesingerの『エネルギー主義』(Energetismus, 1901)や,Steinによる『現代の哲学的潮流』(Philosophische Stroemungen der Gegenwart, 1908)などを参照しながら,「エネルゲーティク」に対する哲学的批判を概観し,エネルギー概念の持っていた哲学的含意について論文をまとめる.この論文は,「現在までの進捗状況」で述べた,オストヴァルトの「エネルゲーティク」に関する国際ワークショップ(英語)で発表する.このワークショップは,2016年度末に国内および海外の研究者7名と開催し,そこで「エネルゲーティク」の持っていたさまざまな意義を歴史的に検討する.これは,本研究計画の最後を締め括る,総括的内容となると期待される.また,その成果については,将来的にHistoria Scientiarum誌に特集号として英語で投稿・発表する予定である.一方で,これまでにベルリン・ブランデンブルク科学アカデミーで収集した資料についても,SMART-GSなどの人文情報学的ツールも活用しながら分析を進め,「心理学・教育学」「生理学・生物学」「芸術・宗教」などのカテゴリーから見たエネルギー概念の歴史的多様性についての検討を進める.不足する資料については,夏期休暇期間にふたたびベルリンへ出張し,追加調査を実施することを考えている.
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