研究課題
京都大学とKEKの連携の下,茨城県東海村にある大強度陽子加速器施設(J-PARC)内の物質生命科学研究施設のパルス中性子源のビームラインの一つBL06 に中性子導管が建設され,2014年4月22日にBL06に最初の中性子ビームが受け入れられた.BL06には2本の中性子導管があり,それぞれにMIEZEとNRSEと呼ばれる中性子共鳴スピンエコー分光器が設置される.パルス中性子に対応した共鳴スピンエコー分光法では,一度に広い時空間領域にわたる物質のダイナミクスに関する情報(中間散乱関数)を得ることができる.偏極ビームラインの整備とパルス対応共鳴スピンフリップの調整を成功裡に行うことができた.これによりBL06におけるスピン偏極・制御デバイスがパルス中性子に対応して充分機能していることが確認できた.これは目的である共鳴スピンエコー分光器建設のための重要な第一歩であると同時に,J-PARCの世界最高クラスのパルス中性子源で飛行時間法を用いながらスピンコントロール実験が本格的に行えるようになったことで,フリッパーの調整方法やフリップ率の高周波コイル形状依存性,静磁場形状依存性について調べるためのデータが定常中性子源と比べて格段に容易に,かつこれまでになく詳細に得られるようになった.このようにして得られた基礎的データは,今後のスピン制御デバイスの改良と分光器全体の高性能化に重要となる.さらに,ラウエランジュバン研究所(フランス)の研究用原子炉にある極冷中性子実験孔において,極冷中性子を用いたMIEZE型スピンエコー装置の構築を目指した実験を行った.この実験には,高分解能MIEZE分光器の実現と,BL06で長波長中性子を用いる際の問題点を明らかにする目的がある.これまで例のない波長50Åの長波長中性子を用いて,実効振動数 50 kHzのMIEZEシグナルを観測することができた.
2: おおむね順調に進展している
J-PARC MLF BL06に中性子スーパーミラー導管が設置され,4月に初めて中性子ビームを受け入れた.6月上旬まで中性子導管の性能評価,ビーム特性の測定を行い,BL06中性子ビームラインの性能を評価することができた.その後スピン偏極スーパーミラーや偏極を保つためのガイド磁場コイル,共鳴スピンフリッパーを設置した.運転休止期間を挟み,11月から BL06 での偏極ビームラインの構築と共鳴スピンフリッパーの設置を行い,MIEZE分光器体系を組みあげた.パルス中性子に対応した共鳴スピンフリップの調整をすることで,波長3.5Åから12Åの中性子に対して,平均90% のフリップ率が得られた.これにより,BL06に設置した偏極スーパーミラーやガイド磁場が十分機能し,偏極ビームラインでのパルス対応スピン制御が可能になったことが確認された.初テストとして単純な配置を試したところ,実効振動数 100 kHz のTOF-MIEZEスピンエコーシグナルが得られた.ビーム受入れ,偏極ビームライン整備,スピンエコーシグナル観測という一連の実験が行えたことで,今後共鳴スピンエコー分光器を本格的に設置,調整していく筋道が立ったと言える.現状では,BL06に2つある導管のうち,一方(MIEZE)でスピンエコー体系が整備されており,今後さらに高周波数,高コントラストの MIEZE シグナルを得て,物性試料の測定が行えるように調整を続けている.もう一方の導管(NRSE)についてはビーム取り出しが可能になっており,今後偏極ビームラインの整備と分光器体系の組立てを進めていく必要がある.
MIEZE分光器については,今後さらに高周波数,高コントラストの MIEZE シグナルを得られるよう,共鳴フリッパーのパラメータや各デバイス配置の調整を行っていく.また,実際の試料測定時における検出器の配置の検討を進め,標準試料を用いた装置分解能関数の評価を行う.物性試料の散乱実験が行えるよう分光器としての整備を進めていきたい.NRSE分光器についても偏極ビームラインの整備と分光器体系の組み立てを行う.NRSE分光器のさらなる高分解能化のためには,回転楕円形集光ミラーを用いた中性子ビームの軌跡制御による位相補正が必要であり,集光ミラーの制作を北海道大学・理研グループとの共同研究として進めている.集光ミラーの利点を最大化するためにはそれと同時に,集光された発散角の大きいビームに対応した共鳴スピンフリッパーも必要となる.高輝度パルス中性子源では格段に容易に共鳴スピンフリッパーに関する詳細な基礎データを得ることが可能になったため,スピンフリッパーの調整手順の確立や新しいフリッパーの設計にこれらのデータを活用していく予定である.
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Proceedings of the J-PARC Symposium 2014
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