研究実績の概要 |
今年度は、補助配位子にN,N-bis(2-pyridylmethyl)-N-bis(2-pyridyl)methylamine (N4Py)を有するRu(II)-アンミン錯体を、プロトン共役電子移動酸化して得られたRu(V)-イミド錯体、[Ru(NH)(N4Py)]3+のさらなるキャラクタリゼーション、および基質酸化反応機構の詳細な解明を行った。Ru(V)-イミド錯体は、本研究の最終目標である水中での窒素固定において、中間体となることが推測される化学種であり、その反応性を調べることで、窒素固定触媒サイクルの構築に対する重要な知見が得られると考えられる。 まず、アセトニトリル-水(pH 2.5)混合溶媒中においてRu(V)-イミド錯体の高分解能質量分析を行ったところ、[Ru(NH)(N4Py)]3+の同位体分布に対するシミュレーションと一致する、3価イオンのピーククラスターが、m/z = 161.365を基準ピークに観測された。また、X線吸収端近傍構造測定において、Ru(V)-イミド錯体のRu K殻の吸収端は、Ru(II)-アンミン錯体に比べて、1 eVほど高エネルギー側に観測されたことから、Ru中心が+2価よりも高原子価の状態であることが実験的に確かめられた。 前年度に、速度論解析を基にRu(V)-イミド錯体の有機基質酸化反応が、ヒドリド移動機構で進行することを推定していた。そこで、この反応機構を立証するために、シクロブタノールを基質に用いた酸化反応を行った。シクロブタノールは、水素原子引き抜き機構で酸化された際には、シクロブタン環が開環して、アルデヒドを始めとする複雑な生成物の混合物を与えるのに対して、ヒドリド移動機構では、選択的にシクロブタノンを与えることが知られている。pD 2.9に調整した重水中で、Ru(V)-イミド錯体とシクロブタノールを反応させ、1H NMRを測定した結果、シクロブタノンのメチレン鎖プロトンに帰属されるシグナルが3.1 ppm付近に観測された。したがって、Ru(V)-イミド錯体は、ヒドリド移動機構で有機基質を酸化していることが確かめられた。
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