本研究の目的は、現代エジプトにおいて、世俗主義によらずに国家と社会におけるイスラームの積極的な役割を肯定する勢力(「イスラーム的中道派勢力」と呼称)の国家論を分析し、エジプトの公共空間において彼らの思想がもつ意義を考察することである。本研究はなかでも、既存の政治組織や宗教機関から独立して活動する在野の思想家集団に着目してきた。 平成28年度は、(1)エジプト国内の重要な政治的イシューであるシャリーア施行問題の展開とそれに対する中道派イスラーム思想家の立場、(2) 2011年1月25日革命後に台頭した諸勢力の政治的主張の分析をすすめた。 これらの作業を通じて、イスラーム的中道派勢力に属する思想家集団が、(1)イスラーム政治思想史の文脈からは、伝統的な政治理念である「シャリーアによる統治」概念を継承しつつ、その実現の現代的あり方を考察していること、(2)エジプト政治の文脈からは、1月25日革命以前から、独裁政権下での政治・社会改革をめざして国内の諸勢力との連携を進め、革命後には政治的分極化の解決をめざした言論を展開していることを論じた。 上記(1)(2)をふまえ、エジプト司法の展開や1月25日革命以降の国内の諸勢力の言論を分析することで、中道派勢力と他勢力の間にどのような共通の思想的基盤および相違点がうまれているかを明らかにし、これらの研究成果を博士論文にまとめる作業を行った。 研究成果の発表としては、研究対象である思想家のターリク・ビシュリーの政治論に関する英語論文が、2017年3月に出版された。また、2016年5月に日本中東学会で研究発表を行ったほか、国内の研究会において、イスラーム的中道派勢力の台頭過程とエジプトの政教関係における彼らの思想的意義に関する発表を行った。また、エジプト・アラブ首長国連邦・トルコに渡航し、文献収集とインタビューからなる現地調査を行った。
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