研究実績の概要 |
鋼のマルテンサイト・ベイナイトは高強度を示すが,低温で靭性が大きく低下し,脆性的に破壊する.脆性破壊は重大な事故を引き起こす可能性があり,確実に防止する必要がある.脆性破壊の様式がへき開破壊である場合,結晶粒界はへき開き裂伝播に対して大きな抵抗となると考えられるため,結晶粒径は靭性を支配する重要な因子となる.ラスマルテンサイトおよびベイナイト組織は,ラス,ブロック,パケット,旧オーステナイト粒といった種々の大きさの微視組織で構成されており,いずれの組織単位が低温靭性を支配するかは,不明であった.我々はマルテンサイト鋼の低温脆性破壊挙動を調べ,従来報告されていたブロックやパケットではなく,同じBain関係のバリアントの集合(Bain unit)がマルテンサイトの低温靭性を支配する組織単位であることを明らかにした.また,変態温度を変化させることでBain unitの大きさ(Bain unit size)の異なるベイナイト組織を作製し,延性-脆性遷移温度を評価したところ,Bain unit sizeの微細化に伴い延性-脆性遷移温度は低下した. Bain unit sizeの微細化により低温靭性が向上した要因として,き裂進展開始抵抗とき裂伝播抵抗の増大が考えられる.そこで本年度は,き裂進展開始抵抗とき裂伝播抵抗におよぼすBain unit sizeの影響をJ抵抗曲線により調査した.J抵抗曲線を作成するために,Bain unit sizeの異なるベイナイト組織に対して種々の温度で片側切欠き引張試験を行い,試験後の破面に対してFRASTA法を適用することでき裂成長量を正確に測定した.得られたJ抵抗曲線の定量的な解析を行ったところ,Bain unit sizeの小さいベイナイトはBain unit sizeの大きいベイナイトに比べ,き裂進展開始抵抗・き裂伝播抵抗ともに高い値を示した.Bain unit sizeの微細化に伴う低温靭性の向上は,き裂進展開始抵抗とき裂伝播抵抗両方の増大,特にき裂伝播抵抗の増大に起因していることが明らかになった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は,き裂進展開始抵抗とき裂伝播抵抗におよぼすBain unit sizeの影響を,J抵抗曲線を用いて評価することを目的として実験を行った.J抵抗曲線を作成するためには,き裂成長量と対応するJ積分の値を正確に求める必要がある.本研究では,FRASTA法と試験片表面のCCD像を組み合わせることで,き裂成長量を測定し,片側切欠き引張試験結果からき裂成長量に対応するJ積分の値を求めた.さらに,得られたJ抵抗曲線を解析することで,異なるBain unit sizeを有するベイナイトにおけるき裂進展開始抵抗・き裂伝播抵抗の定量化に成功した.
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,Bain unit sizeの微細化に伴って低温靭性が向上は,き裂進展開始抵抗・き裂伝播抵抗の増大に起因していることを明らかにした.き裂進展開始抵抗・き裂伝播抵抗が増大した要因として1)破面面積が増加したことによる破面を形成するための総エネルギーの増加,2)き裂進展開始・伝播時の塑性緩和量の増加の2つが考えられる.マルテンサイト・ベイナイト組織における破壊靭性値の実測値は,塑性変形を伴わず脆性破壊した場合に予測される破壊靭性値より100倍大きい値となっている.そのため,き裂進展開始・伝播時の塑性緩和が破壊靭性に大きな影響を与えている可能性が高い.すなわち,き裂進展開始・伝播時の塑性緩和量の増加こそが,Bain unit sizeの微細化に伴う低温靭性の向上の要因と考えている.今後は,ノッチ底近傍における塑性変形量,き裂屈曲部における塑性変形量を画像相関法を用いて定量化し,塑性緩和量におよぼすBain unit sizeの影響を明らかにする.また,その結果を基にBain unit sizeの微細化により低温靭性が向上したメカニズムを, 転位など微視組織の観点から考察する.
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