研究課題
私は学振特別研究員申請書の研究目標として``高温超伝導体THz波発振デバイスの発振出力向上''を上げた。これを実現するためにはデバイスの熱分布が与える発振特性への影響を観測することが必須である。なぜならデバイスからTHz波発振を得るためにおよそ0.1 W以上の電力が注入されるため、大きなジュール熱が発生する。実際我々のSiCのフォトルミネッセンス発光を利用した温度分布測定により局所的な高温領域が存在し、その温度は超伝導体転移温度を超すことが判明している。そこで我々はデバイスの温度分布が発振特性に与える影響を調べるため、デバイスab面内のポテンシャル分布測定を試みた。矩形デバイス(80 μm×400 μm×2 μm)のポテンシャル分布を測定するため、デバイスの長辺方向に電極端子を複数設け各端子における電圧値を四端子測定法によって詳細に測定した。その結果デバイス内にポテンシャルの勾配が存在することが判明した。通常、超伝導体では面内・面直方向の抵抗の異方性が無限大であるため電流は面内に一様に流れ、面内方向に等ポテンシャル面が生じる。一方でhot spotがデバイス内に生成すると局所的に常伝導領域が生じ、面内・面力方向の抵抗の異方性が有限となり等ポテンシャル面が失われる。よってこのようなポテンシャル勾配が得られる。これにより発振に寄与する領域(超伝導領域)の電圧値を正確に得るためには測定方法を工夫する必要があることが示された。また実際に詳細なポテンシャル分布測定とFT-IR(Fourier Transform Infrared Spectroscopy)を用いた発振周波数測定を同時に行った。その結果、発振に直接寄与する超伝導領域における電圧値を四端子測定法を用いて正確に測定した場合、極めて正確な発振周波数と印加電圧のac-Josephson関係が得られた。
1: 当初の計画以上に進展している
先行研究や我々の研究においても、まれに発振周波数が印加電圧値から見積もられるac-Josephson周波数よりも低くなるといった特異な現象が観測されていた。その原因としてc軸方向に電位分布が存在するためなのでは、などと予想されていたが実際に電位分布の測定が行われたことはなかった。研究業績の概要で記した研究計画はこれに担を発して行われた。その結果、上述した奇妙な現象が電位分布に起因することが判明した。これらの結果は今後より詳細かつ精密に発振特性を観測するための測定方法を明示しており、今後のデバイス設計を行っていく上での指標を得ることができた。また、我々がかねてから必須事項と考えていたデバイスの熱分布が発振機構に与える影響についての理解をさらに深めることができた。さらに発振周波数測定によって電圧を同定できることから我々のデバイスを電圧標準機として使用しうるという新たな可能性も見えてきており、新規のテーマを投げかけることができたと言える。これらの結果は多数の国内外において開催された学会において発表され、さらにSupercond. Sci. Tech.誌に投稿され採用が決定している。内容については今後の研究推進方策にて詳しく明示するが、さらに現在まで我々は大規模アレイ構造からの発振の協調動作の実現とデバイス温度測定の分解能向上を同時に実現するためのプレ実験を行ってきた。これは科研費申請時に挙げた最大の研究目標であり、それに向かって順調に進んでいるといえる。すでに我々は直列に接続されたデバイスからの発振の協調動作による発振出力の高強度化および、その際の温度分布観測に成功している。よってここで得られた知見を研究を推進していく上での重要な指標となっていくであろう。
申請時に我々はBi2212THz波発振デバイスの応用化実現、および商業利用のためには発振出力の飛躍的な向上が必須であると述べた。今後はこれを実現するために大規模アレイ構造を作製し、多数のデバイスからの発振の協調動作を目指す。そのためには排熱効率の上昇、およびアンテナとなる外部構造の組み込みが必須である。そこでデバイスを熱伝導度が良いことで知られているサファイア結晶の基盤で挟み込み、さらに銅で作製した治具で固定する。このような構造であれば外部にアンテナ構造を組み込むことが可能だ(サファイア基盤上にアンテナ構造をつくる、または外部の治具内に設ける等)。実際、先行研究による類似の構造が用いられた際、高い排熱効率が観測されている。上記のデバイス構造を用いる場合、従来のSiCの微結晶を利用した温度分布測定方法を用いることは難しい。なぜなら結晶の粒径が数μm程度あるため、冷却源との間に距離ができてしまい十分な冷却効率が得られないからだ。温度分布像の分解能が結晶の粒径に依存するため分解能の向上を図るためには他の測定方法が望ましい。そこで今後はサファイア基盤にフォトルミネッセンス発光を示すZnOやSiCなどの半導体を表面に製膜し、それでデバイスを挟みこむ。これができれば排熱効率の向上と温度分布測定、さらに高分解能の温度分布測定が可能となる。一般に使用されている蒸着器ではこれらの結晶の融点が高いため成膜を行うことができない。さらに高品質薄膜を得るためにはサファイア基盤自体を成膜時に高温にする必要がある。そこでこれらを実現することができるパルスレーザー蒸着を秋田県立大学の協力の元行うと共に筑波大学が参加しているナノプラットフォームのスパッタ装置を利用してこれらに取り組む。そして最終的にデバイスを完成させ、私の最終目的である発振出力の高強度化、発振出力1 mWを実現する。
すべて 2016 2015
すべて 雑誌論文 (5件) (うち国際共著 5件、 査読あり 5件、 謝辞記載あり 5件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 3件、 招待講演 1件)
Supercond. Sci. Tech
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