研究課題/領域番号 |
14J03445
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研究機関 | 大阪大学 |
研究代表者 |
松本 和洋 大阪大学, 法学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2016-03-31
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キーワード | イングランド / コモン・ロー / ローマ法 / 法文献 / 西洋法史 / 法の継受 / 一三世紀 |
研究実績の概要 |
本年度は、法格言「知りそして望む者に不法は生じない」(以下当該法格言)の成立に関する検討を行った。 その成果として、平成27年1月から3月にかけて、「ウィリアム・オブ・ドロエダと『黄金汎論』ーー法格言scienti et volenti non fit iniuriaの原点を訊ねてーー」と題する論文を『阪大法学』誌上で発表した。これは、『ブラクトン』と通称される13世紀イングランドの法書が長らく当該法格言の祖とみなされていた点について、同じ13世紀のオックスフォード大学でローマ=カノン法(以下学識法)の教鞭を取っていたとされるドロエダの『黄金汎論』から、『ブラクトン』が当該法格言を借用していたとする先行研究の指摘(詳細な比較検討は示されていない)に着目し、該当するテキストの比較検討を通じて、両者間の異同を具体的に考察することを目的としたものである。この論文では、『黄金汎論』と『ブラクトン』における当該法格言の利用箇所の比較から、①当該法格言以外の類似が乏しい点、②『黄金汎論』が『ローマ法大全』の複数の法文を当該法格言の典拠として挙げる一方で、『ブラクトン』はこれを省略している点、③『ブラクトン』では当該法格言が「合意は法を破る」の理念と組み合わされている点によって、後のコモン・ロー不法行為法における当該法格言の利用への端緒が確認されることを論じた。 また、平成26年8月の法制史学会近畿部会において、「(研究ノート)『ブラクトン』英訳本脚注に見るコモン・ローと学識法の接触ーー刊行50周年へ向けてーー」と題する発表を行った。ここでは、同書の羅文校訂英訳本の脚注における『黄金汎論』を含めた学識法文献の影響を指摘した箇所の多くが、テキスト比較を欠いた簡潔なものであることに着目し、その整理を通じて同書がコモン・ローに対する学識法の影響について多くの検討材料を有することを述べた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の主たる目的であった当該法格言の成立について、これに関する先行研究では曖昧さを残していた『ローマ法大全』における典拠についての推定を、これらの研究では言及のなかったドロエダと『黄金汎論』を取り上げることによって文献学的に裏付けることができた。また『ブラクトン』との比較によって、当該法格言は同書に用いられた段階で、既に後年のコモン・ローにおける利用の途上にあったことが確認できた。更に、これまで国外を始め国内でも注目を受けることの少なかったドロエダと『黄金汎論』が、『ブラクトン』との比較を通じて13世紀イングランドにおけるローマ=カノン法教育を探る上で重要な存在となり得ると示したことと合わせて、一定の成果が得られたと述べることができる。また、次年度の研究に向けての準備もおおむね想定通りに進行している。
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今後の研究の推進方策 |
『ブラクトン』以後のコモン・ロー文献における当該法格言の利用を分析し、当該法格言が長らく利用され続けてきた理由と、コモン・ロー不法行為法において当該法格言が有する意義を検討する。これについては、不法行為法、とりわけ過失乃至注意義務違反(negligence)における被告側抗弁として当該法格言が広く利用される19世紀以降が重要であり、先行研究も比較的充実している。しかしながら、これに先立つ時代としての『法廷年報』時代と人名付判例集時代という2種類の史料と時代の区分に関する研究は乏しい。19世紀における当該法格言の解釈とその利用の広まりをコモン・ローへの定着における終点の1つと位置付けると、この2つの区分における当該法格言の登場箇所と解釈の検討は、その定着の過程を探る上で重要である。 したがって、今後は19世紀における当該法格言の解釈と利用を念頭に置きながら、『法廷年報』時代と人名付判例集時代における当該法格言の登場箇所と解釈の変遷を明らかにし、また本年度の研究成果と合わせることで、『ローマ法大全』を典拠とした学識法学者による法格言の成立と、『ブラクトン』を介したコモン・ローへの移植、そしてその後のコモン・ロー文献における利用の継続という歴史的連続性を示すことで、コモン・ローにおけるローマ=カノン法の影響に関する一つの実例を描き出すことを目標としたい。
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