今年度は、南海トラフの巨大地震・津波に関する新想定に基づき、予想される被害を軽減するために、地震・津波の専門家と協力し、「逃げトレ」という避難訓練用アプリの開発と社会実装を行ってきた。また、地域住民という当事者の視点から津波避難の課題を検証し、「個別避難訓練タイムトライアル」という手法を用いて当事者の主体性に対して理論的考察を行った。これら活動の成果を学術論文として投稿し、人類学分野の学術会議においても研究発表を行った。 研究する主体となる行政や専門家とその客体的対象となる地域住民との間に一線を画す自然科学的な研究スタンスが、行政や専門家の過度にパターナリスティックな関与と地域住民の主体性の喪失との間に見られる悪循環が生じているとの考えに立って、両者の共同的実践を中核に据えたアクションリサーチを導入した。具体的には、津波リスクがきわめて高い高知県沿岸のある地域社会において、個別避難訓練を提案し実施した。訓練結果に基づき、当事者の主体性の回復という観点において注目すべき3つの事例を取り上げて、「防災・減災活動における当事者の主体性の回復をめざしたアクションリサーチ」において理論的考察を行った。 避難訓練をよりリアルなものにし、津波の防災・減災対策をさらに推進するため、住民が主役となる避難訓練の手法を、住民・行政・専門家が協力して開発した。その成果物の一つはスマートフォンをベースに開発した「逃げトレ」というアプリである。「逃げトレ」は、津波ハザードマップや津波到達時間を提供し、移動中の訓練者の現在位置や経路、スピードなどをGPSで記録し、訓練結果を判定するものである。それによって「逃げトレ」は、津波避難の当事者が自らの避難について主体的に考え、行動の結果を科学的に検証することができ、かつ、訓練者と開発者の間に津波リスクに関する新たな対話チャンネルを提供したと位置づけられる。
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