本年度は、まず、昨年度注目したアルヴェード・バリーヌによる『源氏物語』の批評文(初版1883年)について、ヴァルター・ベンヤミンの「翻訳―賛否両論―」を考察に加えることにより、翻訳と注釈の関係をとらえ直し、学会で発表した。また、同批評文について、ジャポニスムとフェミニスムの観点から論じた論文についても、細部を修正することで学会誌への掲載が決定した。いずれの研究も、『源氏物語』の受容実態を考察する研究の一部をなすものであるが、バリーヌの批評文をもとに、部分訳をみる必要性を論じた点は、翻訳研究にもつながるものであったと考える。 また、昨年度、シフェール訳『源氏物語』(完訳1988年)について、桐壺帝と桐壺更衣に対して繰り返し用いられる、ombreという語の特殊な使われ方を考察していたが、その成果についても、さらに検討を重ねることで学会誌に掲載することができた。 さらに、本年度は2度の海外出張を行った。1つ目は、フランス国立図書館へ行き、フランス語訳『源氏物語』の関連資料を調査するというものであった。シフェール訳の書評については特に新しいものを見いだせなかったが、一方で、ヤマタ訳『源氏物語』の出版状況にかかわる資料などを入手できた。当初の計画からはずれ込んでしまったが、2016年4月現在、博士論文をまとめる段階において、出張で得られたこれらの成果も取り入れている。2点目は、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校で、主に『源氏物語』をジェンダーの観点から考察するというものであった。これは、バリーヌがフェミニストであったことから、ジェンダーの問題も考慮する必要が生じたためである。同校ではジェンダーだけでなく、諸先生方と翻訳そのものがもつ文学としての可能性について考察する機会なども得た。
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