既に前年度に採用が確定していた論文が1本発表になったのに加え、昨年度の研究課題であった論文1本の公表が確定した。また、本年度の研究課題は論文化し、現在投稿中である。学会報告は2本行い、いずれも論文に反映した。発表した成果の具体的内容は、①長野県の御料林において、木材売却を受けた製糸業者と、その伐り出しのために利用する河川の沿川住民との間に衝突があったことを明らかにし、その争点・論理を解明した。すなわち、御料地と木材売買契約を交わしている業者にも地元住民も、御料地に対して「皇室」を連想することはなく、それゆえお互いにイデオロギーをめぐっての争いとはならず、一般的な民事上の争論と同様の様相を呈していたことを明らかにした。これにより、御料地設定後もしばらくは、その存在は民衆レベルにまで十分皇室の存在を意識させる役割は果たさなかったことを示すことができ、皇室による国民統合を論じる先行研究に見直しを加えた。また、②北海道御料地の除却を素材として、明治20年代の御料地にはこれまで論じてきた産業政策の代替・補完のみならず、国土保全・民需供給の役割も期待されていたということを明らかにした。これにより、明治20年代においては、御料地を皇室財産を強化するものとする認識は、決して当局者間に共有されていたわけではなく、御料地の意義に対する認識の一つのバリエーションに過ぎなかったことが示された。当時の認識としては、御料地はそれを運営する中で、農商務省の職掌であるはずの産業振興・保護や、国土保全事業の代替・補完が可能であり、むしろそのようにすべきであるとする考えも無視できないほどに存在していたというこの発見は、戦前日本の皇室財産史上の通説を覆す重要なものである。
|