研究課題/領域番号 |
14J04174
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
佐々木 淳希 京都大学, 文学研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2016-03-31
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キーワード | 西ドイツ政党政治 / ドイツ社会民主党 / 自由民主党 / ドイツ / 共同決定 |
研究実績の概要 |
2014年度は、研究遂行の基礎となるドイツ現地での史料収集を集中的に行った。まず、7月に自由民主党(FDP)の文書館へ赴き、党内史料を閲覧した。ここでは、1967~1975年までの党指導部の会合記録を収集するとともに、1972年に成立した企業経営法・76年の共同決定法に関する党内での意見集約状況・連立パートナーであったドイツ社会民主党(SDP)との調整状況を記録した史料を手に入れることができた。 これらの史料に基づいて、本年度は、FDP・SPD内でそれぞれ1960年代後半に影響力を発揮したラルフ・ダーレンドルフとエームケに着目して、1969年に西ドイツ史上唯一のFDP/SPDによる連立政権成立に至った背景、そしてその過程で生じた両党における政策理念の転換に関する考察を進めた。1960年代後半の両党においては、1968年に頂点を迎えた学生運動などの社会不安に直面して、政治に対する信頼を新たに構築する必要性に迫られた。そこで参考となったのが、上述の両者による多元主義的な社会理解であり、多様な意思決定過程に対する「参加」要求を受け入れることであった。中でも、社会諸集団を単位とした調整にとどまらず、個人を主体とした「参加」制度を構築しようと両者が試みたことは、この時代を象徴する出来事であった。以上の成果は、『ゲシヒテ』投稿論文「『68年』とSPD/FDPにおける社会像―Horst EhmkeとRalf Dahrendorf―」および西洋史読書会大会報告・「西ドイツ自由民主党(FDP)の転換とラルフ・ダーレンドルフ」に結実した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の予定通りに、ドイツ現地での史料収集を順調に行うことができた。それらの史料に基づいて、社会民主党と自由民主党の双方において新たな政治理念が生じ始めたことを、エームケとダーレンドルフという党幹部の理論的側面から実証したことが、今年度の大きな成果である。1968年前後に同時並行的に党内での影響力を高めた両者が有していた共通性と差異を論じることで、ブラント政権の成立へいたる背景の理解に貢献した。 次に求められるのは、その政治理念を実際の政策に基づいて分析することである。本研究課題では、共同決定政策を用いて検討を試みる。その政策分析については、これまでに主だった史料の収集は済んでおり、すでに着手し始めている。以上のように、理論的分析を終え、実際の政策分析に移行はしたという点から、「おおむね順調に進展している」と評価する。
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今後の研究の推進方策 |
2015年度は、西ドイツの社会・経済秩序の特徴としてしばしば取り上げられる「共同決定」制度を基に、政治秩序の変容を考察する。 共同決定制度はそもそも、労使協調を目的として第二次大戦後に炭鉱業に導入されたものであるが、1976年に他業種へ拡大されるなかで、その政策理念に大きな変容をこうむった。例えば、エームケがSPD内で共同決定をあらゆる社会領域に拡大して、個々人の意思決定への参加を基盤とした政治秩序を構築しようとしたように、「共同決定」という語そのものの用法が変わりつつあった。また、FDPもその動きに同調するように新しいリベラリズムを掲げていた。つまり、労組という強力な社会集団を後ろ盾として成立・運用されていた共同決定が、労使対立の緩和調整という役割を越えて、社会全体における利害対立の調整モデルとして採用されたのである。加えて、その際に、社会集団に基礎を置くのではなく、個人を主体とするモデルへと修正が加えられてもいる。 このような共同決定制度に対する変更が、SPDやFDPという連立与党だけでなく、野党や労働組合によってどのように議論されていたか考察することで、1970年代に生じた西ドイツ政治秩序の変化を共同決定法から解き明かし、現代の政治秩序との関係からその意義を位置づけることが、本年度の課題となる。
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