研究課題/領域番号 |
14J04503
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研究機関 | 山形大学 |
研究代表者 |
土井 正樹 山形大学, 社会文化システム研究科, 特別研究員(PD)
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研究期間 (年度) |
2014-04-25 – 2017-03-31
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キーワード | 国家形成 / 地域間交流 / アンデス文明 / 国際情報交換 / 同位体分析 |
研究実績の概要 |
ワリは、7世紀から11世紀頃にかけて、中央アンデス地域(おおよそ現在のペルー領域に相当)の山岳部に位置する、アヤクーチョ谷を中心として栄えた国家である。ワリ国家は、中央アンデス地域初の広域国家であり、その成立はこの地域で展開したアンデス文明史上の画期をなす出来事であった。しかしながら、これまでのワリ国家研究ではその社会構造の解明に目が向けられ、ワリ国家の成立過程に関する研究はほとんど行われてこなかった。本研究では、5世紀から6世紀にかけて、ワリ国家の前身であるワルパ社会と、中央アンデス地域南海岸のナスカ社会との交流がワリ国家の形成を促したという仮説のもと、両地域間でいつ、どのような交流が生じていたのかを解明する作業に取り組んでいる。 1年目にあたる本年度は、本格的調査・研究に向けて予備的な調査・研究を実施した。まず、ペルーにおけるフィールドワークを行い、6世紀頃にも利用されていた可能性のあるアヤクーチョ谷と南海岸を結ぶ経路を明確にするため、スペイン植民地期の隊商が使用していた経路に関する情報収集を行った。現地研究者の協力のもと、衛星画像上に当時利用されていた可能性のある複数の経路を示した地図を作成することができた。一方で、両地域間を結ぶ経路に関する調査経験のあるドイツ人研究者との意見交換も行った。さらに現在、考古学的に人の移動を明らかにする手法として、人骨中に含まれる化学成分であるストロンチウムの同位体比を分析することが注目されている。本研究においてそのような分析を実施した場合の効果を予想するために、アヤクーチョ谷内の地質学的に異なる3地域において、現生のテンジクネズミの骨のサンプルを収集した。このサンプルについては、現在専門家の協力を得て分析を進めている。なお、ペルー、イギリス、日本の学会において本研究に関する口頭発表を行い、各国研究者との意見交換を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の研究では、6世紀頃にアヤクーチョ谷と南海岸を行き来するために利用されていた可能性のある複数の経路を、衛星画像上に示した地図を作成した。また経路の調査に関しては、ナスカ社会研究の第1人者であり、南海岸と山岳部を結ぶ経路に関する調査経験もあるドイツ人研究者から有益な助言を得ることができた。 さらに、ワルパ社会とナスカ社会の間の人の移動実態の解明においても進展がみられた。現在人の移動を考古学的に同定する方法の1つとして、人骨中の化学成分であるストロンチウム同位体の分析が有効であるとされている。一般に、人骨中のストロンチウム同位体比は各地域の地質学的特性を反映すると考えられているが、先行研究では、研究対象であるペルー中央高地南部のアヤクーチョ谷とペルー南海岸のナスカ地域のストロンチウム同位体比の値の範囲は重なる部分が多く、両地域で生活していた人々をこの分析によって区別することは困難である。しかし、アヤクーチョ谷内部において、地質学的に異なる複数の地域に関するストロンチウム同位体比の分析は行われていないので、アヤクーチョ谷の内部にも、ナスカ地域のストロンチウム同位体比とは異なる値を示す地域が存在する可能性がある。そこで、そのような地域が存在するのかを確認するために、アヤクーチョ谷内の地質学的に異なる地域の飼料で飼育されたテンジクネズミの骨のサンプルを入手した。現在は、専門家の協力の下、ストロンチウム同位体比の分析を進めている。 一方、本研究の周知と精緻化のために、積極的に学会発表を行った。結果として、日本、ペルー、イギリスの3カ国において口頭発表を行うことができ、各国の研究者との意見交換を行うことができた。 このように本年度は、ワルパ社会とナスカ社会の交流の実態解明という研究目標に向かって、着実に研究を進めることができた。
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今後の研究の推進方策 |
ワルパ社会とナスカ社会を結ぶ経路に関して、今年度は当時利用されていた可能性のある経路を衛星画像上に示すことができた。今後はその経路を実際に踏査する予定である。踏査では、移動にかかる日数や経路に沿った景観の変化に関する記録を行い、ワルパ社会とナスカ社会の間の交流の様子を知る参考とする。さらに、経路周辺に存在する遺跡を踏査し、それらの保存状態や利用時期、考古学上の文化的所属について明らかにする。 その一方で、収集したテンジクネズミの骨に含まれるストロンチウム同位体比分析を行い、アヤクーチョ谷の内部においてストロンチウム同位体比の値に差が認められるのか否かを明らかにする。また、差が認められた場合、ナスカ地域の人骨試料から得られているストロンチウム同位体比との比較を行い、ナスカ地域からの移民を識別可能であるか否かを検討する。アヤクーチョ谷の内部において、ナスカ地域からの移民の識別が可能であると判断できた地域が存在した場合は、その地域において発掘調査を行い、出土した人骨試料中のストロンチウム同位体比の分析を行う。この分析を通じて、南海岸のナスカ社会からアヤクーチョ谷へと移ってきた人が存在するのか検討する。 ストロンチウム同位体比の値において、アヤクーチョ谷内では差が認められなかった場合は、6世紀頃に利用されていたであろう経路に沿った遺跡観察の成果を踏まえ、ワルパ社会とナスカ社会との接触領域に存在する遺跡で発掘調査を行い、両地域社会の交流に関する資料を入手する。 また、このような調査によって明らかになった新事実については、調査報告および論文としてまとめ、国際的な研究雑誌での公表を行う。
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